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秘密の浴衣
祭りの夜、境内の片隅。屋台の喧騒から少し離れた石段に、浴衣姿のふたりが並んで座っていた。 「……華蓮さん、本当に似合うわね。その浴衣」 「ありがとうございます。先生こそ、普段と雰囲気が違って、少し……綺麗です」 「えっ……そ、そう?」 怜花は頬を押さえてそっと目をそらす。浴衣の襟元からのぞくうなじが、わずかに火照っているようだった。 「帯、さっき引っ掛けて、ちょっと歪んでしまって。……直ってるかな?」 「ええ。直ってますよ。でも……」 「でも?」 「先生、帯の位置、反対です。文庫結びが……後ろじゃなくて、横になってます」 「えっ!? うそ、ずっと……っ!?」 怜花は恥ずかしそうに帯を直そうとする。 「大丈夫ですよ。先生、そのままでも可愛いので」 「もう……からかって?」 華蓮は微笑みながら 「フフッ少しだけ。でも、少し……本音です」 怜花はしばらく絶句し、ふと吹き出す。 「なんだか、今日はずっと、華蓮さんにペースを握られてる気がするわね」 「それはきっと、浴衣の魔法です」 「……魔法?」 「着慣れない布で包まれると、心もほどけるんですよ。帯の締め方とは、反比例で」 「なるほど。じゃあ、もう少し魔法にかかってようかな~?」 怜花はいたずらっぽく言う 「ええ。夜風が涼しくなるまで……」 ふたりの間に、少しだけ手のひらが近づく。指先がふれるか、ふれないかの距離。 花火が遠くで上がる音がして、夜空に淡い光がにじむ。 「先生」 「うん?」 「来年も、一緒に来ませんか?」 怜花は驚いたように振り向き、照れくさそうにうなずいた。 「……そうね。来年も……ね……」 夏の風に、浴衣の裾がふわりと揺れた。