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秘密の花屋
週末、紫峰怜花は商店街の花屋の前で足を止めた。 涼やかなガラスの向こうに、季節の花々が並ぶ。 「先生、奇遇ですね」 振り向くと、狭霧華蓮が白い紙袋を手に立っていた。制服姿の上に花柄のエプロン姿が、花々に馴染んで見える。 「華蓮さん、もしかして今日、バイト?」 「はい、土曜日限定の……知的労働です」 「知的……?」 「花の水分量、日照時間、気温と湿度。理にかなった管理が必要です。あと、花言葉の記憶テストもあります」 「テスト!?」 「花は静かですが、意味をたくさん持っています。会話せずとも、伝える手段になる。……それが、少し好きで」 華蓮はそう言って、そっとカスミソウの束を棚に並べ直した。 怜花はふと、奥のテーブルに目をやる。そこには、一つだけ控えめなブーケがラッピングされていた。 うす桃色のチューリップ、スズラン、ピンクのアルストロメリア。小さなミモザが添えられ、やさしく結ばれたリボンが揺れていた。。 「それ、誰かに贈るの?」 「はい。……いずれ……でも……誰にとは、まだ秘密です」 「ふふ、気になるなぁ。でも、花言葉の意味で読み解けちゃうかもね?」 怜花が笑いながら首をかしげると、華蓮は一瞬だけ視線をそらした。 怜花はそのブーケの中の花たちの花言葉を一瞬で読み解いていく。 チューリップ(桃)「愛の芽生え」、スズラン「純粋」、アルストロメリア「持続する愛情」、ミモザ「秘密の恋」。 胸の奥が、不意にあたたかくなる。 「先生、花言葉の解釈は……個人差がありますから……」 華蓮はわずかに頬を赤らめ、レジの奥へと引っ込んだ。 怜花は、店先のブーケの一つを手に取りながら、ふふっと笑う。 「なるほどね……じゃあ、私はこのチューリップにしようかな。“思いやり”って、今の私にぴったりでしょ?」 そっとチューリップのブーケを胸に抱えて、怜花は店をあとにした。 風に揺れる花の香りに混じって、ひとつの秘密が、静かに芽吹いていた。