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秘密のモーニングセット
日曜の朝。人気の少ない商店街の片隅、レトロな喫茶店の奥の席に、紫峰怜花は深く腰を下ろしていた。 「先生、やはりトースト派ですか」 向かいの席には、制服ではなく私服姿の狭霧華蓮。静かな眼差しで、怜花の皿の上を見つめている。 「えっ、どういう意味?」 「昨日の授業で、“朝はパンとコーヒーが至高”と仰っていましたので」 「いや、それは比喩で……って聞いてたのね、あの脱線」 目の前のモーニングセットは、トーストにゆで卵、サラダと、香り高いコーヒー。華蓮の前にはホットサンドとカモミールティー。 「先生、モーニングセットって……いいですよね。あらかじめ、整っているところが」 「うん。朝から“ちゃんとしてる感じ”がして、ちょっと大人になった気分になるかも」 「ええ。しかも、ひとつだけじゃなくて、全部が“少しずつ”あるところも」 華蓮はカップを手にして、少し間を置いて続けた。 「……なんだか人生の理想みたいです。何かひとつじゃなく、ちょっとずつ、いろいろなものが、そろっていること」 怜花は思わず笑ってしまう。 「朝から人生語る高校生、なかなかいないわよ?」 「そうでしょうか。先生も、わたしのこと“ちょっと変わってる”と思っています?」 「ううん、面白いなって。ほら、静かだけど、話すといろいろな観点をもっていて、それでいて一個ずつ味があって。まるで……」 「まるで?」 「……モーニングセットみたいかしら?」 「ふふ。では先生も、毎朝おしゃべりしてるうちに、コーヒーみたいに“渋みが出てきた”のかもしれませんね」 「ちょっと! 私、そんな渋い存在だった?」 ふたりは小さく笑い合った。 店のスピーカーからは、柔らかなジャズが流れている。トーストの香ばしい匂いと、やさしい会話の余韻が、静かに混ざり合う。 外はまだ静かな日曜の朝。けれど、その朝は、ふたりにとってほんの少しだけ、秘密の記憶になった。