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秘密の猫カフェ
「先生、こちらの席が空いています」 差し出された手の先、窓際のソファには一匹の白猫が眠っていた。 小さな店内。午後の光がやさしく降り注ぐ、放課後の猫カフェ。 「……いいの? 邪魔しない?」 「この子は“くるみ”といって、すぐ横に誰かが座っても怒りません。むしろ、温かさが好きみたいです」 怜花はそっと腰を下ろし、眠る猫をちらりと見た。確かにぴくりとも動かない。 「華蓮さん、猫のこと、ずいぶん詳しいのね」 「好きなので、よく来ています。……あまり話題にしませんけど」 「えっ、……なんで?」 「静かにしていたいんです。好きなものは、あまり人に喋らずに、秘密にしたい」 その言葉に、怜花は少し目を丸くした。 「……素敵ね、そういうの」 隣で華蓮が少しだけ照れたように目を伏せる。白猫がのびをして、小さくあくびをした。 「先生は、猫派ですか?」 「犬も猫も好きだけど……今日みたいに疲れた日は、猫の静けさがありがたいかな」 「では、このカフェは正解ですね」 「うん、大正解。……連れてきてくれてありがとう」 二人の間に、ふわりと沈黙が降りた。でも、それは居心地のいい沈黙だった。 やがて、白猫の“くるみ”が怜花の膝にとことこと乗ってきて、丸くなる。 「……あ、ちょっと……くすぐった……」 「気に入られましたね」 「どうしよう、今日一日でいちばん幸せかも」 「……それは、光栄です」 言いながら、華蓮も隣の猫に手を伸ばす。猫がゆっくりと目を閉じ、喉を鳴らした。 「先生」 「ん?」 「猫は、静かに人を癒します。あまり喋らなくても、ちゃんとそばにいる」 「うん……そうね」 「先生も、……そういう人になれますよ……」 「……えっ、それって褒めてくれてる?」 「どうでしょう?」 華蓮は少しだけ口元を緩めた。 その微笑みが、どこか猫のようだった。 午後の時間が、ゆっくりと溶けていく。 猫たちと、生徒と先生。言葉よりもぬくもりが伝わる、放課後の静かなご褒美だった。