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秘密のビニール傘
雨の放課後、校門の前。 紫峰怜花はぽつぽつと降り始めた雨に眉をひそめた。持っていたのは、コンビニで買ったビニール傘。 傘の親骨とダボの部分が壊れていて歪な形になっている。 ちょっと情けない気もするが、背に腹は代えられない。 すると、横からそっと差し出されたもうひとつのビニール傘。 「先生、それ、少し壊れてますよ」 声の主は狭霧華蓮。彼女の傘は、ほとんど新品のようにきれいだった。 「ええそうなの……でも……この雨の中、傘なしでは……」 彼女は少しだけ傘を傾けて、ふたりの傘が重なるように調整した。 「……なにしてるの?」 「先生の傘、壊れていましたから。雨、入ってきますので」 「え、でも……」 「透明なので、境界が目立ちませんね。共用も自然です」 「そ、そうね……ちょっと近いけど……」 「必要な距離です」 それきり、華蓮は黙った。 並んで歩く道すがら、ふたりの傘はぴたりと寄り添ったまま。 互いの息づかいすら聞こえる距離。透明なビニールが雨粒を弾き、そのリズムが心地よい静けさを生む。 「ねえ……華蓮さん……」 「はい」 「時々びっくりするくらい優しいのね……」 「先生が困っていたのでつい」 「そう……ありがとう」 「……」 ふたりの視線が、一瞬だけ重なった。 傘越しの世界は、すこしだけやわらかく、やさしく見えた。 雨はそのまま、静かに降り続いていた。 けれど、ふたりの肩に落ちることはなかった。 なにしろ、そこには—— 小さな、でも確かな、透明な屋根があったのだから。