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秘密のメイドコス
文化祭前日。 昇降口は、装飾用の画用紙とたくさんの生徒達の笑い声で満ちていた。 段ボールを抱えて階段を下りかけた新米教師・紫峰怜花は、ふと足を止めた。 下から、ゆっくりと上がってくる人影。――黒いリボン、白いフリル、ひらひらのエプロン。 「……あれ?」と、思わず声が漏れる。 階段を一段一段、まっすぐ上がってくるのは、狭霧華蓮。 普段の冷静沈着な制服姿とはまるで違う。 メイド服姿の華蓮は、完璧すぎるほどの優雅さで怜花の視界に現れた。 「せんせい」 「……あ、あの、えっと……」 怜花はしばし言葉を失い、そして何とか喉から絞り出す。 「その格好……びっくり、というか……す、すごく、似合ってるわ」 「ありがとうございます。クラスのテーマが“メイドカフェ”でして」 「そ、そうなのね……」 なぜか目を逸らしてしまう怜花に、華蓮はくすりと笑う。 「……動揺しすぎです。先生」 「だって……普段とのギャップが……破壊力というか……」 「これは制服の一種です。いわば文化祭の“戦闘服”」 「そ、そんな理屈で片づけないでよ……!」 思わず動揺しすぎで突っ込む怜花に、華蓮は階段の途中で立ち止まり、ほんの少しだけ首をかしげた。 「……先生」 「な、なに?」 「この格好……本当に、変じゃありませんか?」 「え?」 真顔だった。少しだけ、不安そうな。 怜花ははっとして、慌てて首を振る。 「全然そんなことないわよ! むしろ、可愛くて……見とれてたくらいで……」 「それは、それで困ります。先生の視線が、直視できないくらいで」 「わ、わたしも直視で、で、できてないからセーフ!」 ふたりの間に、くすくすとした笑いが生まれる。 周囲の喧騒は相変わらずだけれど、その階段の踊り場だけ、やけに静かで、特別だった。 「じゃあ、行ってきますね。ご主人様」 「……やめなさいってばっ」 耳まで赤くなる怜花をよそに、華蓮はくるりとスカートを翻して笑った。 その一歩一歩が、あまりにも絵になるから、怜花は少しだけ目を細めて見送った。 文化祭前夜――確かな秘密の“ときめき”がそこにあった。