フリーマーケットの日 ～密林の代償と、風を感じる疾走物販～

陽光がまぶしく差し込む初夏の土曜、士官学校の生徒と教官たちは、市内で開かれるフリーマーケットにそれぞれのブースを出していた。 色とりどりのテントが並ぶ中、とりわけ異彩を放っていたのが―― 「いらっしゃいませーっ！新品・未使用・未開封！今だけ特価でご奉仕です！」 威勢よく声を張り上げるのは、金色のポニーテールがまぶしいブロント少尉。 体操着姿、しかも昭和感漂うネイビーのブルマに白Tシャツという、なぜか懐かしさを覚えるスタイルで立っていた。 彼女のブースには、ビニール包装された体操着セット（Tシャツ、ブルマ、ジャージ）が山積みにされており、手書きの看板が踊っている。 「私物売ります!!」 「新品!!」 「誤発注10着!! 買ってください!!」 「※私と一緒に風を感じよう。青春とは疾走である（by ブロント少尉）」 その強烈なブースの隣――正反対の空気を放っていたのが、富士見軍曹のブースだった。 薄水色の涼しげな和服をきちんと着こなし、正座で品よく佇む彼女は、まるで日本庭園の一部のような存在感を放っていた。 並べられた品々は、繊細な筆致で花が描かれた扇子、古典柄の茶碗や小皿のセット、そして包装された高級煎茶。 どれも質素ながらも品のある選び抜かれた逸品ばかりだ。 彼女は隣のブースをちらりと見て、深く息を吐いた。 「……まったく、軍規違反ではないけれど、問題しかない……」 大股で体操着の袋を掲げながら、満面の笑顔で近づいてくる少尉に、彼女は眉ひとつ動かさず低くつぶやく。 「少尉、それ、売る前に制服規定を確認してください」 「だって私物だし新品ですし！誰か使う人がいるかもしれないでしょ？」 「……少なくとも、一般市民の前でそれを振り回すのはやめてください」 「でも軍曹、顔が引きつってるよ？ あ、欲しいの？欲しいのかな～？」 「いりません。というかまず、なぜそれを10着も誤発注したのか説明を――」 そのやり取りをよそに、周囲の市民や士官候補生たちは、やや遠巻きにその光景を眺めていた。 「（すげぇ……攻めてるな……）」 「（あれってマジで売るつもり……？）」 「（軍曹さん和服似合いすぎ……）」 微妙な空気のなか、陽の光だけが変わらず平等に注がれていた。 そして、ほんの一瞬――富士見軍曹は、売り物の扇子で顔を隠すようにして、肩を震わせた。 「……ふふっ」 彼女なりに、楽しんでいるようだった。 だけど・・・・・・ 「少尉、せめて下はスカート履いてください。私も高校時代の体育祭なんか、ショートパンツの上からスカートでしたよ」 「う～ん、そうですか？ じゃあ、着替えてきます。店番お願いしますね！」 富士見軍曹の制止も聞かず、ブロント少尉はぴゅーっと走り去っていった。 姿勢よく正座していた軍曹はため息をつき、渋々と両ブースの中間に移動する。 だがその直後―― 「これ、お姉さんが着たやつですか？」 「お古ですか？ やだ、ちっちゃくて和服に似合っててかわいい～」 「体操着も絶対似合うよ、これください！」 さっきまで閑古鳥だったブロント少尉のブースに、急に客が集まり始めた。 小柄で清楚な雰囲気の富士見軍曹が、まるで物静かな看板娘のように見えたのだろう。 無言で接客しているだけで、体操着セットはどんどん売れていく。 ――30分後、ブロント少尉がにこにこ顔で戻ってくる。 「おまたせしました～。あれ？ 体操着全部売れたんだ！ やりますね軍曹！ やっぱり軍曹に似合いそうだからかなぁ～？」 褒めているのか茶化しているのか分からない少尉の発言に、軍曹は静かに立ち上がった。 いつの間にか、和服姿の上にたすきをかけ、手にははたき――まるで昭和の肝っ玉母さんのような出で立ちである。 「少尉、丁度体操着も売ってしまったことですし……」 すっ…… 「少し走り回りましょうか？」 「ひっ……ちょ、軍曹！？ ちょっと待って！？ 私、他のブースで呼び止められたただけで――あ、逃げますね！」 「あら、体育着なら動きやすいでしょう？」 そしてまた、初夏のフリーマーケットに、ブロント少尉の悲鳴と、パタパタと追いかけるはたきの音が響き渡るのだった。