1 / 5
ブロント少尉、クマと戦う ―そして何かの肉を焼く
標高800メートル、演習中の山岳地帯。 その事件は、静かな朝のハイキング(夜間行軍)訓練中に起こった。 「クマぁああああああ!?」 士官候補生の絶叫が尾根にこだまする。 突如現れたのは、異様にデカいツキノワグマ――推定体重150キロ。 吠えた、走った、地響きがした。 山田士官候補生が完全に目をつけられている。 そのとき――。 「諸君、野外授業だ!今日のテーマは"自然における食物連鎖"だ!」 ブロント少尉のジープが大地を蹴った。 特攻――いや、特攻風に見せかけた戦術的投擲が始まる。 顔には笑顔、頭には謎の手製ゴーグル。 助手席には……なぜか**手製のスリング(投石器)**が置かれていた。(長い紐が付いた網みみたいな物) 「いざ、特攻の美学ッ!」 なぜか非常にいい、何かを悟ったような笑みを浮かべる少尉。 「諸君、またあおう」 ジープを急加速させながら、ブロント少尉は石が挟まれたスリングを全力で回転させる。 石と呼ぶには、やけに大きすぎるのだが。 走るジープ。加速。急ブレーキ。 石弾は甲高い音を立てて風を裂き― 「いけええええいっ!!」 石は、飛んだ。 クマは、吠えた。 そして次の瞬間―― ゴンッ クマは、自らの突進方向から飛翔した運動エネルギーが上乗せされた大きな石に頭部を打ち付けて、その場に崩れた。 静寂。 そして、ブロント少尉は笑った。 「あれだ。クラクションの音に驚いたクマが、自分で岩に突っ込んで死んだ。事故だ。自然の摂理だ。」 静寂。山田候補生が膝から崩れ落ちる。 「すご……少尉、あのスリング……」 候補生たちは呆然としながらも、命を救ったブロント少尉に敬礼する者もあった。 その夜、熊の死体には一人の監視兵が配されていた。 「おかしな動きがあれば報告せよ」という指示のもと、死体の状態は封印されたはずだった。 しかし、深夜2時――監視兵は奇妙な音に気づいた。 ――ズル……ズルズル…… 光を当てる間もなく、何かが接近。 次の瞬間、後頭部に衝撃。 彼は気絶しながら、謎の言葉を呟いた。 「……黒金……堕天使……おかわり……」 ―同日夜、クマの死体が安置されていた監視所。 「……監視兵が意識を失っていて、クマの死体が消えている?」 富士見軍曹が頭を抱えていた。 「黒金堕天使……昇華完了……Zzz」などと寝言をいう隊員を揺さぶっても手応えはなく、 ただクマの姿だけが忽然と消えていた。 その数分後―― 「やあ、富士見軍曹、肉を分けてもらったぞ!バーベキューだ!」 ブロント少尉が、なぜか謎の肉の塊を抱えて現れる。 周囲には、濡れた石と枝で作られた串、直火焼きの即席竈。 漂う肉の香ばしい香りに、士官候補生たちは本能的に警戒心と食欲が交錯する。 「少尉、それは……どこから手に入れた肉ですか?」 「記憶が定かではないが……食べてわかる、というのも人生の楽しみではないかな? 森の恵みとジープの加速が織り成す、天の導きだ。」 富士見軍曹はすぐさま報告書の草稿を頭の中でまとめ始めた。 「中型哺乳類(メス?)によるクマ死体の持ち去り、犯獣不明……」 明らかにおかしいが、証拠は消えた。 その夜、ブロント少尉は肉を串焼きにしながら、懐かしそうにつぶやいた。 「……そういえば昔、講義したかもしれないな。“クマを倒したら、ちゃんと食べろ。でないと自然に失礼だ”ってな。 よってこれは、授業の復習だ。」 周囲の候補生たちは、焚き火の中で謎の肉を焼きながら、 笑うべきか泣くべきか分からない表情で、夜の山を見上げた。 「……でも、うまい……」 「いや、だからって……」 「マジでクマだったのか?」 富士見軍曹はため息をついた。 「……もう、“でかめのキツネ”が持って行ったことにしよう。報告書には。」