『帝国海兵隊合同臨海訓練　～半魚人どもよ！！陸のツワモノに刮目せよ！！～』

「──諸君、今日は楽しい水遊びの日だ」 開口一番、教練前の整列にて放たれた言葉に、帝国自衛海軍陸戦隊、通称・帝国海兵隊の面々がざわついた。 「遊び、だと？」「こちとら実戦想定訓練だぞ？」 ザラついた声が混じる。筋骨隆々、日焼けした肌にタトゥーや傷跡が走る男たち──見た目はベトナム戦争映画に出てくる米海兵隊のごろつきそのもの。 迷彩服の袖はまくり上げ、煙草をくわえたまま肩で笑っている。 「へへへ、安全な陸（おか）のお嬢ちゃんよ～、俺らと一緒に砂遊びすっか」 「お嬢ちゃん、アマガエルにもビビってるだろうに、半魚人と一緒に遊べんのかよ」 だが、そんな視線をものともせず、少尉は続けた。 「聞け、ツワモノども！ 我々人類の祖はミジンコだ。それが魚となり、やがて陸へと上がった。 すなわち！ 陸に立つ我々こそが進化の最先端、人類の覇者なのだ！！」 ──まるで、進化論と軍事ドクトリンを同列に語る天才がそこにいた。 一瞬の沈黙の後、ブロント少尉はバサァと黒の儀礼用軍服を脱ぎ捨てた。 「って、なんでそんな格好してんですかい！！？」 「少尉嬢ちゃん……それ、体操服とブルマ……しかも、ハイレグ……！」 下から現れたのは、白地に紺ラインの昭和風体操服にハイレグ型の紺ブルマ。 その上に戦闘装具をフル装備。水中ゴーグルとシュノーケルを額にかけ、手には鋭く輝く銛。 「ふふふ、海面に不時着水しても衣服を脱いではならぬ。それが軍人だ！」 「意味がわからねぇ……」 「陸の者たる人類のツワモノとして、我々は海を従え、新たな陸地を征服せねばならぬ！」 「えぇ…」 「今回の任務は、あれに見える小島──敵勢力に占拠された“大陸”への強行上陸である！！」 指差す先は、夏場には海水浴客で賑わう沖野海水浴場の無人島。今はまだ5月、海水は冷たいし誰もいない。 「陸のツワモノの指揮官として、私が先導する！！」 完璧である。狂気の意味で。 「水中戦闘のために、銃剣の携行は当然！今は銛だがな！」 装具帯に軍用水筒と救急パックをぶら下げ、銛を担いだブロント少尉。 ゴーグルは頭に装備済みだ。 「我に続けぃッ！」 そう叫ぶやいなや、少尉は躊躇なく波間に突撃。ザブザブと沖を目指し、磯を抜けて姿が消える。 （やべぇ、本物だ……） 一瞬の静寂。 「おい…行ったぞ」 「マジかよ」 「泳ぐのか？」 残された士官候補生と海兵隊員たちは、目を見開いて呆然としていた。 ──三時間後。 ずぶ濡れのブロント少尉が、なぜか砂浜ではなくゴツゴツした磯にザバァっと上陸してきた。 装具帯には何匹もの魚、銛には巨大なタコ。 その姿に周囲は唖然。 「こいつ……体操着で海入ってやがったのかよ……」 案の定、びしょ濡れで張り付いた体操服。 色々透けてしまっている。 「……少尉殿、見た目と違って頑丈みたいだが、風邪ひきますぜ」 と、目をそらしながら迷彩服の上着を差し出すのは、帝国海兵隊の村上伍長。名前からして海賊の末裔らしい。 「あ、ありがとうです！」 ブロント少尉は羽織るも、ボタンは外したまま。 体操服の透け具合がどうこうより、本人が全く気にしてないのが問題だった。 ──その後、浜辺では、少尉が持ち帰った獲物を囲んで即席の海鮮バーベキューが開始。 「少尉嬢ちゃん、あんた馬鹿だけど、なかなかやるじゃねえか」 「えへへ、照れちゃいます♪」 「……（褒めてないですよ）」」 富士見軍曹は、小舟の上から呆れ顔で一言。 「バカは……陸海空どこにいても、やっぱりバカですね」 海兵隊員たちは笑い、候補生たちは尊敬とドン引きの入り混じった目でブロント少尉を見る。 村上伍長は、焚き火越しに煙草をふかしながらつぶやいた。 「──誰かが守らなきゃダメな嬢ちゃん、だな」 海兵たちが見せたのは、畏怖、敬意、好意、そして少しのドン引きだった。