1 / 3
こどもの日特別任務~軍広報のおねえさん作戦、発動!~
――空は晴れていた。 帝都から少し離れた郊外の演習場跡地に、カラフルな横断幕が張られている。「ようこそ!こどもの日・軍広報イベント会場へ!」。仮設のテントとステージ、軽装甲車の展示と、屋外とは思えないほど整った設備。近隣の子供たちとその親たちが列をなし、楽しげなざわめきが会場を包んでいた。 「……本当にその格好で出るんですか?」 富士見二等軍曹は、横に立つ上官をまじまじと見つめていた。白いパレード用軍服に身を包んだブロント少尉。金髪のポニーテールが朝日にきらめき、青いスカーフと短めのプリーツスカートが風にふわりと揺れる。軍装というより、どこかのアイドルライブに紛れ込んだような出で立ちだ。 「当然だとも。今日の任務は“こどもの日広報作戦”。敵意を与えず、軍の威厳を損なわず、それでいて親しみを与える――これは軍服の最適解である」 少尉は堂々と胸を張ると、司会用のマイクを片手に舞台へと軽やかに歩み出る。 「みなさーん! こんにちはー! 軍のおねえさん、ブロント少尉です♥ 今日はみんな、いっぱいあそんで、いっぱいおぼえて、いっぱいだいすきを持って帰ってね~!」 その瞬間、ステージ前に並んでいた子供たちが一斉に歓声を上げた。「おねえちゃーん!」という黄色い声が響き、わらわらとステージの柵に集まり出す。完全な人気爆発。テンションが一気に最高潮に達した。 「……すごい人気ですね、少尉」 「私が“こどもに強くなることより優しくあることを教える”方針だからな。完璧である」 その発言を聞きながら、富士見軍曹はうっすらと額に手を当てた。天然でこれをやってのけるブロント少尉に、もはや戦略など不要である。 「そして! 今日のスペシャルゲストはこちら~! つよーいけどやさしーい! 富士見軍曹~!」 まるで某戦隊ヒロインの紹介のようなノリで名前を呼ばれ、富士見軍曹は無言で前に出た。小柄な体格に黒髪ボブ、切れ長の目元は美しいが、どこかキリッとした冷ややかさがある。 「……なんかこの人、怖い先生って感じする」 「うわー、こわーい。ぜったい怒ったらグーパンだよ」 「目が笑ってない……あっでも笑ってる? 逆にこわい……」 子供たちの反応は無邪気で、正直だった。富士見軍曹は笑顔を崩さずに、「はは……」と乾いた声を漏らす。 「うむ、これは……精神修行になるな」 「少尉、これ絶対後でわたしに怒られるって、わかってやってますよね」 ブロント少尉はご満悦に頷いた。 イベントは進行する。 「戦車のお絵かきタイム」では、少尉が描いたのはどう見ても女の子型のフルアーマー戦車。「これが第七世代自走砲型防衛アイドルである!」と堂々解説していた。 「紙兜づくり」では、子供たちが新聞紙を折る中、少尉の作品だけがメカサムライの角兜。最早実用性すら感じられる構造に、軍曹が「それどこで覚えたんですか……」と絶句する始末。 敬礼ポーズの記念撮影では、子供たちが「敬礼ってカッコイイ!」「俺、軍に入りたい!」と目を輝かせていた。富士見軍曹が「いや、まだ入れないからね」と言っても、「大人になったら!」と返される始末。 イベントが終わりに近づくころ、少尉は最後のマイクを握って言った。 「今日はみんなに、戦うことよりも守ることの意味を、そして軍人がやさしくてかっこいいってことを、少しでも伝えられたなら嬉しいです♥」 その言葉に、保護者たちも拍手を送り、子供たちは笑顔で手を振って帰っていった。 夕暮れ時、控室のテントに戻った富士見軍曹は、静かにお茶をすすりながら言った。 「これ……本当に広報、成功じゃないですか?」 「うむ。軍への敬意と親近感を植え付けた。わたしの計算どおりである」 「ポンコツのくせに妙に優秀なのが腹立ちますよ、少尉」 笑いながらつぶやく軍曹に、ブロント少尉は紅茶をくるりと回しながら小さく笑った。 「それにしても、“敬礼の角度が美しい”って褒められたのは、素直にうれしかったぞ」 少尉は誇らしげに言い、ぐいっと紅茶を飲み干した。 そして翌日、広報紙に掲載された特集のタイトルはこうだった。 『戦場の天使♥ 少尉ちゃんが贈るやさしさと強さの一日!』 富士見軍曹、その記事を読んだ瞬間、吹き出したコーヒーで書類を水浸しにした。 「……なんで私まで一緒に写ってるんですか。しかも“クールビューティー副官♥”って」 ブロント少尉は、紅茶をすする手を止めずに、にっこりと笑った。 「当然だろう。作戦は成功したのだからな」