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母の日の丘

陽射しの柔らかな初夏の午後、ブロント少尉は町外れの花屋にいた。 制服の胸元に戦功章を無造作にぶら下げながら、彼女はカーネーションの花束を選んでいる。 店主は、軍帽を片手に花を撫でる彼女に不思議そうな視線を送っていたが、声は掛けなかった。 花束を手に取った彼女の背後から、落ち着いた声がかけられる。 「今日は母の日ですね、少尉。……お母様は?」 振り返ると、そこには富士見軍曹がいた。 ブロント少尉は一瞬、空のかなたを見つめ、遠い風を感じたようにまばたきする。 「たぶん……あの辺にいるんじゃないかな」 彼女は空を指差し、ぼんやりと答えた。 (……そうなんですね) 富士見は口に出さず、ただ黙って少尉が花束を包むのを待っていた。 やがて、ブロント少尉が車の鍵をくるりと回す。 「乗ってください。母を紹介しますよ」 冗談のような言葉に、富士見は苦笑してジープに乗り込む。 車は郊外の丘へ向かう。しばらくして、舗装されていない野道に入り、草の間をゆっくり進む。 ふと富士見は、助手席にある花束に目をやる。 (……赤いカーネーション) 一瞬だけ、「白なのでは?」という疑問が喉元まで浮かぶが、すぐに飲み込んだ。 ジープが丘の上で止まる。 (いい眺めの場所ですね) 身はらしの良い丘の上、なだらかに続く草原はどこまでも広がっている。 (ここに、少尉のお母様が) 富士見は、何かを探すように草原を見渡す。 と、その時だった。 「来ましたよ」 ブロント少尉が言ったその瞬間、通り過ぎた爆音とともに、空から一つの影が降ってきた。 白いパラシュートが風を裂き、小柄な人影。 少尉そっくりの、しかし黒髪で小柄な女性がゆっくりと降りてくる。 片手には医療鞄、もう一方には通信機。着地するや否や、さらりとパラシュートを解き、ジープの方に向かって歩いてくる。 「少尉、またぬけ出してきたの? 学校の先生になったんじゃないの?」 その声はどこか懐かしく、温かく、しかし背筋を伸ばさせる風格があった。 「お母様こそ先生じゃないですか。護衛の人たち、困ってるんじゃないですか?」 とそこで、少尉は富士見軍曹の方に向き直る。 「母です。……あれでも、すごいお医者さんなんです。世界中の危険な場所を飛び回っているんです」 少尉は少しだけ照れ臭そうに紹介した。 「初めまして。安奈・G(ガブリエラ)・ブロント——旧姓、轟(とどろき)。この子、アンジェラの母です」 富士見は、ドン引きの表情で、実際に一歩下がって敬礼しつつ、こっそり視線を逸らしてぼそっとつぶやく。 (って、普通にご健在……、しかも空から……。いっ、遺伝ですか……) 女医――安奈は軽く会釈し、ジープの傍らに腰を下ろす。 風が草をなで、空を泳ぐ雲がゆっくりと流れていた。 そして、ブロント少尉はふいに立ち上がり、ジープの座席からそっと花束を取り出す。 「……はい、これ」 母の前に歩み寄り、両手で包み込むように花束を差し出す。 安奈は一瞬だけ目を細め、ふっと息をつくように笑った。 「ありがとう。真っ赤なカーネーション、花言葉、勉強したみたいね」 冗談めかして言いながら、彼女は丁寧に花束を受け取る。 花の香りが、ほんの一瞬、あたりの空気を包んだ。 そして彼女は、娘の頭に軽く手を置いた。 「……大きくなったわね」 「お母様は、相変わらずいろんな人たちを治しているみたいね」 その様子を見ながら、富士見は無言でひとつ溜息をついた。 (……まず娘さんの頭を治してください) ジープの周りに、静かな風が吹く。 赤いカーネーションが、太陽の下で揺れていた。

さかいきしお

コメント (7)

ippei

空から降ってくる軍医w

2025/05/10 23:22
magic
2025/05/10 23:05
えどちん
2025/05/10 21:58
gepaltz13
2025/05/10 21:41
謎ピカ
2025/05/10 20:52
なおたそ
2025/05/10 19:20
JACK
2025/05/10 19:18

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