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帝国海兵隊 長距離強行偵察演習 ~川の向こうからチューリップがやってきた~
深緑の密林にに覆われた渡河訓練場の川辺。 帝国海兵隊・第六ラープ(長距離強行偵察)分隊の面々が、泥と汗にまみれながら濡れたブーツを脱ぎ捨てる。 「くっそ、また足にマメができやがった……」 「5日風呂入ってねぇぞ……」 どいつもこいつも、戦場映画のごろつきみたいな面構えばかり。だが彼らの中心にいるのは、無口ながらも誰より存在感のある男──村上伍長。正確には海兵曹長であり、先任伍長として分隊を束ねる歴戦の兵士だ。口元には火のついていない煙草をくわえ、左頬の古傷と眠たげな鋭い目がジャングルの陰に浮かぶ。 「……ん?」 川下から、聞き慣れたエンジン音が響いた。 「おい……誰か川を爆走してこっち来てるぞ?」 泥だらけの全員が振り返る。次の瞬間、視界を突き抜けて現れたのは、白いサマードレスに大きな帽子、金髪ポニーテールの少女。どこか見覚えのあるその顔。 「てへっ♪ 訓練中なのに、私用でジープ出しちゃいましたぁ♪」 ──アンジェラ・ブロント少尉。現在「私用モード」での登場だ。どう見ても演習場に似つかわしくないその服装に、泥まみれの海兵たちが言葉を失う。 「軍曹に叱られちゃいました~。海兵さんに陸軍の恥さらすなって……なので、お詫びにお弁当作ってきました!食べてくださいっ♪」 そう言って、彼女は荷台から、山のように積まれたどでかいアルマイト弁当箱を持ち上げた。開ければ、見た目にも可愛らしく揚げられた「チューリップ唐揚げ」が、ぎっしりと詰められている。 「あ……ありがてぇけど……なんで……ここが……?」 誰もが口にできなかった問いを、口にしたのはやはり村上伍長だった。 「追跡したんです、ジープで。ラープ部隊の行動パターン、もう覚えちゃいましたから♪」 「(マジで……こっちが追尾されてたのかよ……)」 村上は煙草をくわえたまま弁当箱を片手に、ぽかんと口を開けていた。その姿は、ベトナム映画の傭兵そのものだが、手にした弁当箱には、唐揚げがチューリップのように可憐に咲いていた。 「……俺ら、いま夢見てんのか?」 「バカだな、お前。夢にしてはリアルすぎんだろ」 アンジェラちゃんは、そんな彼らの反応もどこ吹く風。優雅な仕草で運転台に座ると、 「それじゃ、がんばってくださいね♪」 と微笑み、ジープで川をそのまま逆走していった。 アンジェラちゃんが川を爆走して去った後、しばし全員が沈黙した。 手に残された巨大なアルマイト弁当箱と、チューリップ型に可愛らしく揚げられた唐揚げ。 泥と汗と川水にまみれた帝国海兵隊員たちが、ぽかんと口を開けたまま、弁当を見つめている。 ようやく口を開いたのは、若い隊員──富士見兵長だった。 「……姉ちゃん、また振り回されてんのかよ……」 「姉ちゃん?」 村上伍長がくわえた煙草を少し持ち上げる。 「……あの白いドレスのブロント少尉のことっす。俺の実姉は、陸軍所属なんす。俺が勘当された側で、海兵隊に拾われたってわけですけど。 この前姉に合ったら、なんか陸軍一の問題児のお守りを押し付けられたって、愚痴ってたんですよ。多分、今の少尉のことだと思います……」 誰からともなく、ふっと息を漏らすような笑いが起きた。 「……おい、これ、食っていいのか?」 「いいんじゃねえの。少尉が“食べてくださいね”って言ってたし」 おずおずと一人が箸を取り、チューリップ唐揚げをひと口。 「……うまいぞ、これ」 「まじで? おい、どれどれ」 「これ……味、完璧じゃん。下味もしっかり染みてる。衣サクサク、中ふっくら」 泥まみれの顔に笑みが広がる。 「マジかよ。どんな訓練してんだ、あの少尉……」 「弁当作りも“強襲型”かよ……」 誰かがそうつぶやいた瞬間、笑いがはじけた。 演習場の河原に、帝国海兵隊員たちの笑い声が静かにこだました。