thumbnailthumbnail-0thumbnail-1thumbnail-2thumbnail-3thumbnail-4thumbnail-5thumbnail-6thumbnail-7

1 / 8

春、喫茶と監視と絵になる罠

春の陽気が街に満ち、オープンカフェのテラス席には柔らかな日差しと微風が流れていた。 花が咲き誇る街路樹の下、ブロント少尉は一人、白い陶器のティーカップを手に優雅に紅茶を啜っていた。 ブロント少尉はいつものように黒の詰襟軍服にミニプリーツスカート姿なのだが、なぜか、 店の落ち着いたカフェ調の雰囲気にも馴染んでいた 金髪のポニーテールが風に揺れるその姿は、春のポストカードそのものだったが―― 周囲の席には、どこか場違いな服装の男女が散らばっていた。 一見すると一般市民風だが、誰も彼も、微妙に浮いている。 無駄に筋張った体型に、ゆるすぎるパーカー。 頑丈そうなブーツに、ありえない角度で日焼けした肌。 明らかに軍人たちが私服で偽装しているのだが、周囲には筋ものであることがバレバレだ。 だが、肝心のブロント少尉は気づく気配すらない。 「あの子、まったく油断してるのか、それとも……」 小声でつぶやく一人の男――元レンジャー部隊の教官が、苦々しく視線を向ける。 「いや……“いつもあれ”だからな……」 別の教官が曖昧な口調で返す。 彼らには、先日、教頭からこんな指示が下っていた。 「……ええ、つまり、彼女の民間交流行動における“適応力”を、観察して記録してください。 ええ、過度な接触は控え、あくまで“適応”です。 ……あ、報告内容は“その場にいた者の責任で”まとめてくださいね」 ――要するに、“うまいこと見張れ”。教頭らしい、玉虫色の命令だった。 しかし、肝心の対象者は、そんな教官たちの努力をよそに、至福の表情でスコーンにクロテッドクリームを乗せている。 「やっぱりアールグレイにはこれが最高ですな」と小さくうなずきながら。 そして、ブロント少尉は、立ち上がった。 (トイレか?) (移動?) (尾行するか?) 瞬時に教官たちの間に緊張が走る。 しかし、彼女はそのまま会計をすまし店を出ていく (帰ったのか) (とりあえず店には迷惑はかけなかったか) (俺らも移動するぞ) 誰もがほっと息をついたとき―― 「てへっ、忘れ物しちゃったっと♪」 軽快な声と共に、ブロント少尉が戻ってきた。 何食わぬ顔で席に戻りながら、テーブルに置き忘れていた“ミリタリー風マグカップ”を手に取ろうとして・・・・・・。 咄嗟に立ち上がって敬礼する監視教官たち。 完全に“職業病”だった。 ブロント少尉はきょとんとした顔で振り返る。 「えっ、皆さん居たんですか。休暇中でしたか?  プライベートなら敬礼は不要ですよ。つかれちゃいますよ?」 ──(……誰のせいだと思ってんだ、誰の) 教官たちの心に一斉に浮かんだ言葉を、誰も声に出すことはなかった。 その様子を斜め向かいのテーブルから静かに見つめる一人の女性がいた。 淡いクリーム色のサマードレスに、つば広の麦わら帽子。 富士見軍曹だ。 カップを口元に運びながら、視線をブロント少尉に向け、口元をわずかに緩めた。 「どこにいても……どんな格好でも、あの人は傍迷惑ですね……」 その言葉の裏に、軽い呆れと共に好意、一抹の羨望が混じっているのを、本人は気づいていない。 実のところ、富士見軍曹も監視対象の一人であり、今日のこの場所も、偶然ではなかった。 最も富士見軍曹をまともに監視できる他の教官などいないのだが・・・・・・。 ――だが、彼女は今日、「紅茶を味わう側としての」矜持を胸に秘め、このサマードレス姿で臨んでいた。 紅茶道で一歩遅れを取った悔しさを、この優雅な振る舞いで取り返そうと。 そんな中、教官たちが明らかに“尾行”している様子に気づいた軍曹は、ふと思いついた。 「……どうせ教頭あたりがあいまいな命令出したんでしょ。だったら――あんたも監視されなさいよ」 富士見軍曹は、スマートフォンを手に取り、教頭(54歳独身、しれっと自分も休暇中)へ一通のメッセージを送った。 「教頭も観察されてくださいね。『緊急連絡……教頭だけがご存じの、“あの話”について、関係があるかもしれません……紅茶の似合う服で来てください』」 それが数十分前。 そして今ベストのタイミングで・・・・・・ 歩道の向こうから、颯爽と姿を現す一人の男。 ロマンスグレーの髪に、白のシャツとシンプルな紺のジャケット。 ストレートパンツに、光沢のあるローファー。 50代という年齢にも関わらず、その立ち姿はまるで映画俳優。 “教頭”が現れた。 「やれやれ、呼び出されるとはな……この格好では気が引けるよ」 と苦笑しつつも、その顔はどこか誇らしげで、富士見軍曹の横に立つその姿には、“デート”の空気が濃厚に漂っていた。 富士見軍曹は立ち上がり、控えめに頭を下げる。 並び立つその二人の姿は、まさに絵画のようだった。 ――しかし、その光景を見ていた教官たちの表情は引きつっていた。 「……あれは……教頭!?」 「なんで……ここに……」 「あいつ、なんでかっこつけてるんだよ……!」 教官たちの心がひとつになった。 (……なぜ、俺たちがこの”華”火の監視を押しつけられて、あなたは涼しい顔で清楚な百合の隣に座る!?) ──(くたばれ) ──(爆発しろ) ──(よりによって、あの清楚な富士見軍曹と……!) 店のあちこちで、教官たちのヘイトゲージが目に見えて上昇していた。 今までブロント少尉に向いていた“苛立ちと困惑”が、一斉に教頭へと向けられた瞬間である。 一方で、当のブロント少尉はというと―― 「わわっ、なんですかあの人!?すっごいかっこいいですね!  あれ、まさかあれ教頭!? あの人が教頭先生!?  いつも窓から見えると地味なおじさんなのに!  ミリシルバー以外も似合うんだ!!アハハハ!」 拍手しながら無邪気に感心し、紅茶を掲げるブロント少尉。 その姿に、誰も何も言えなかった―― 春の午後、平和なはずの街角のカフェで、静かに紅茶の湯気が揺れていた。

さかいきしお

コメント (12)

早渚 凪

多分一番神経すり減らしてるのはこの店のマスター

2025/05/12 15:42
五月雨

軍曹もわたくし並みにいい顔をされますわね!

2025/05/12 14:01
白雀(White sparrow)
2025/05/12 13:14
アイコス・イルマ
2025/05/12 12:52
翡翠よろず
2025/05/12 11:59
謎ピカ
2025/05/12 11:41
T.J.
2025/05/12 10:38
うろんうろん -uron uron-
2025/05/12 10:18

890

フォロワー

828

投稿

おすすめ