1 / 4
紫の香りと、落ちた記憶
帝国陸軍第七混成部隊、野営地の一角。 昼休み、簡素な折り畳みテーブルの上に、ブロント少尉はご機嫌な様子で花柄エプロン姿のまま、手際よくおにぎりを握っていた。 黒詰襟の軍服にミニスカート、腰には軍用短剣。 そして、エプロンにはラベンダーの小花が愛らしく並んでいる。 「ふふふっ。できたわ…この香り、この色…紫蘇とはまた違う趣、きっとお母様もお好きだったはずよ!」 少尉がそうつぶやきながら瓶を見つめると、中にはラベンダーの香りが移った薄紫色の梅干しが美しく並んでいる。 梅干しと呼ぶには香りも色も異質だったが、本人は満面の笑顔で満足げだった。 「……少尉、それ絶対おかしいですって」 数歩離れた場所では、富士見軍曹が鼻を摘みながら引きつった顔で立っていた。 彼女は黒髪ボブにタイトスカートの、普段はクールな雰囲気だが、今は顔面蒼白、漂う**強烈な芳香(という名の刺激臭)**に身を引いていた。 「ほら見てください、この上品な色!まるで高貴な香りを纏った紫蘇ですよ!」 「それラベンダーですって。ラベンダーって食用じゃないのが多いから、普通梅干しにもおにぎりに使わないですから!紫蘇の仲間って言っても別物ですよ!!」 「でも香りが…気持ちを落ち着けてくれるのよ?ラベンダーの精霊が語りかけてくる気がするの……!」 軍曹はもう止める気力もなく、遠い目をしてため息を吐いた。 ブロント少尉は意気揚々と、そのラベンダー梅干し入りおにぎりを一口ぱくり。 …… 数秒の沈黙。 ごくり。 ぱたり。 泡を吹いて、昏倒。 「!? ちょっ、うそでしょ!? 食中毒!? 本当に倒れた!?」 軍曹が駆け寄り、慌てて脈を確認する。 命に別状はなさそうだが、ブロント少尉はぐったりしたまま動かない。 「まず過ぎて気絶?まったくもう……。なにやってるんですか。ったく……」 正座した軍曹の膝の上にそっと頭を乗せられ、しばらくの沈黙。 そこに、不意に寝言のような声が漏れる。 「……お母様……」 富士見軍曹の顔がぴくりと引きつる。 「……あんたみたいな娘がいるかあああッ!!」 ばしんッ! 軍曹はそのまま膝を引き、ブロント少尉の頭を容赦なく床へ。 「いたた……!? な、なにが起きたの……?」 目を覚ましたブロント少尉はきょとんとしながら軍曹を見上げた。 「二度と食べ物でラベンダーを使わないと誓いなさい。今すぐです」 「……は、はい」 野営地にラベンダーの香りがふわりと残る中、さわやかな昼休みは強制終了を迎えた。