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雨中のホーリーレイダース ーープニ帰還譚ーー
「――実は君たち《ホーリーレイダース》に依頼がある。」 重々しく言い出したのは、冒険者の店のマスター。腹も出てきた年配の元冒険者で、声は低く、渋い。 「公園に現れた巨大かたつむり……」 そこまで言って言葉が途切れた。ぽかんとした顔で、銀髪のハーフエルフ、リリスの肩越しに背後を見ている。 「……あんだよ? 後ろに何か――」 その瞬間、 プニ。 「ぎゃあああああああああっ!!」 巨大な殻、ぬめる質感、そして信じられないほど無音で接近してきた巨大なカタツムリ、プニ・アマルガメイトが、いつの間にか背後にいた。 目玉付きの触手が、プニと、リリスにほっぺたに触れたのだ。 「りっ、リリスちゃん?ってなに、でっかい!!」 ダキニラが、カタツムリの巨体以上にリリスの絶叫に驚いていう。 「うっ、ぬわ~なっ、なんか!!ぷにぷにしてる!!」 ツンツンしてくる目玉を払いながらリリスが叫ぶ。 「っていうか、こいつ、公園に居座っているから邪魔だからどかせって話じゃないのか」 チャーリが、あきれ顔で、たいして広くもない冒険者ギルドの個室に居座っている巨大カタツムリを見ながら言う。 「……、なんか、テレポート能力持っているらしいぞ。 その目玉で触った場所や人を覚えているらしい。 リリス?触られたか?」 店のマスターはあきらめ顔。 「なっ、さすがにこんな、デカいの、そばに寄れば気付くよ!!」 さっきは気づかなかったが。 「目玉と触手飛ばせるらしいぞ。すぐまた生えてくるし」 限定的なテレポート能力と、無差別マーカ機能。 ぷに、とされた場所にワープする恐るべき謎生物。 ぴゅるるる・・・・・・ リリスの普段の様子からは想像もつかない絶叫に驚いたのか(驚いたのは人間も同じだが)、 巨大カタツムリは触手ごとからの中に閉じこもっている。 「こらあああああっ!! 出てこいッ!!」 柄にもない悲鳴を上げてしまった照れ隠しか、八つ当たりか? どん! がん! どがん! リリスがその巨体の殻をガンガン蹴りながら叫んでいる。 銀髪のロングヘアーが跳ねるたび、彼女の美しい冷笑的な顔が鬼の形相になる。 「リリスちゃん、足痛くなるよ……」 ダキニラがやれやれと呆れ顔。狐耳がぴくりと動く。幸運神の巫女服と盗賊用の軽装がアンバランスな彼女が、皮肉めいた笑いを浮かべながら立っていた。 その隣、痩せて貧相なチャーリーウッドもプルプル震えている。立派な口ひげだけが場違いに勇ましい。 「……森に返してきてくれ。街の結界に登録しておく。一度出せば、入ってこられまい……」 マスターが、呆れとあきらめの混じった表情でしみじみというのだった。 殻に引っ込んだままのプニ・アマルガメイトを馬車に積み、三人は雨の中、静かな森へと向かった。 数時間後、雨がしとしと降る森の小道。 馬車を操るのはチャーリー。ダキニラは荷台の後方で荷物を確認しており、リリスはその隣で長い髪を払いながら、フードなしの黒衣を揺らしていた。 誰も気づかない。 荷台にくくりつけられた殻の隙間から、にょっ……と伸びる目玉。プニ・アマルガメイトは、まるで家族のようにリリスの肩の近くにその視線を寄せて、前を見ていた。 雨の中、三人と一匹(?)は、少ししんみりとした、穏やかな時間を過ごしていた。 その夜、リリスの店「灰の羽根亭」にて。 「いやー、大変だったね今日は……」 ダキニラが椅子の背に寄りかかりながらグラスを傾ける。 店の奥、重厚な木のテーブルにリリスとチャーリーが座っていた。 「……とにかく、結界の外には出した。あれがまた来たら、もう知らん」 そう言いつつ、リリスは淡々とワインを啜る。銀髪の隙間から覗く紅の目が、わずかに細められる。 「……こりゃ、次来たら討伐依頼になるかもな……」 チャーリーが弱々しく笑いながらつぶやく。 そのとき。 「……あれ?」 ダキニラがふと窓を指さす。 ガラスの内側に、プニとくっつく小さな殻――しかし、普通のカタツムリよりはずっと大きい。 それは幼いプニ・アマルガメイト。もしかして、子供? 「…………」 三人は沈黙した。 誰も気づかなかったわけじゃない。ただ、現実を認めたくなかっただけだった。 「……乾杯」 「……乾杯」 「……乾杯」 三人のグラスが静かに触れ合う。 窓の外では、雨のしずくが静かに小さな殻を濡らしていた。 賢者の学院・シルビア准導師による簡易報告書より抜粋: 《種族名:プニ・アマルガメイト(Puni Amalgamate)》 分類:魔導変異体(高反応型分体生物) 知性:中~高位 危険度:緑~黄(個体差大) 本種は、魔導スライム系変異体として分類されるが、殻を形成し、軟体部を独立行動させる“分体制御”を持ち、限定的なテレポート能力も持つことが大きな特徴である。 「ぷに」と表現される行動は、目玉付きの触手が人間(特に好意対象)に物理接触する際の擬音であり、音ではなく“感触の記憶”として対象に定着する傾向がある。 また、触手部は任意に射出可能で、分離後も一定時間自律行動し、感覚共有がなされている。この特性により、“ぷに”の瞬間に宿主がどのような反応を見せるかを直接学習していると推測される。 加えて、テレポート能力を持つ個体においては、「感触によるマーキング(特定部位に張り付く行為)」によって空間座標を固定する例が確認されており、同一点への再出現を繰り返す傾向がある。 繁殖に適した場所、もしくは協力的な人物へのマーキングととらえることもできる。 これは**「ホームポジション執着性」と名付け、現在学院内で研究が進行中である**。