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強襲型スイーツ補給作戦――メイドとタルトと森林戦――
濃密な湿気に包まれた演習場の森。 帝国海兵隊第六ラープ分隊は、昼食も取らずに斥候任務の後半行程へと移っていた。 「おい、補給はまだか? 水も弾もギリだぞ」 「つーか、またブロント少尉来るんじゃねえの?」 「前回はクマキャラ弁、前々回は……なんだっけ、チューリップ弁当?」 「……まさかな」 その時だった。 遠方から轟く聞き慣れたエンジン音と、木々を揺らす突風。 「来たぞ……!」 密林を割って現れたのは、クラシックな帝国陸軍仕様のおんぼろジープ。 だが、ただのジープではない。ハンドルを片手で握りながら、左手にまるで高級レストランのウェイトレスのように、煌びやかなフルーツタルトを片手に乗せて運転しているのは―― 「……っ! ブロント少尉だ!」 しかも、その姿はどう見ても“軍人メイド”。 詰襟の黒軍服にミニ丈のプリーツスカート。その上から純白のメイドエプロンとフリルのカチューシャ。 まばゆいほどに澄んだ笑顔。まるで今ここがパリのカフェテラスであるかのような錯覚すら覚える。 「ごきげんよう、海兵隊のみなさんっ♪」 ジープを片手でコントロールしながら、少女がにこやかに挨拶した。 揺れる金髪ポニーテールと、フロントガラスに反射するタルトの艶が、森のなかに異常なまでの非日常をもたらしていた。 「……いや、状況が把握できないんだが」 「なにしに来たんだ、あの少尉……」 「補給ですよ♪」 ブロント少尉は荷台をぱんと軽く叩く。そこには、精巧なラップで丁寧に包まれたフルーツタルトの箱が4つ。それぞれに苺、ブルーベリー、柑橘系、そして謎の金粉付き……。 「みなさんがまた演習中にお腹空かせてると思って、作っちゃいました♪ 本当は演習の邪魔しちゃいけないんですけど、これは“即席文化交流ミッション”って名目にしちゃいましたので!」 「勝手に名目作るな……!」 「しかもメイド服で……何その格好!」 「え? ダメでしたか?富士見軍曹が“あなたは一周回って何着ても変わんないです”って言ってたので、ちょっと甘えてみました!」 誰もがツッコミたいが、突っ込む気力が失われるほどの美少女力。 それは、戦場すら一時停止させるレベルの透明感と破壊力であった。 村上伍長が、草の陰から静かに立ち上がる。 「……お前、マジで分かってやってんのか?」 「え? なにがです?」 「これで、誰が集中して斥候できるかって話だ」 伍長の頬がわずかに引きつる。 タルトの甘い香りと、少尉のにこやかな微笑みと、フリルの白……。 「ま、まぁいい。とりあえず、それはありがたく受け取る。な?」 「はーい♪ では配りますね! ナイフとフォークは……あ、車のサイドポケットに刺してありますので、自分で取ってくださーい♪」 海兵たちがジープに群がる姿は、まさに補給物資争奪戦。 誰かが言った。 「……なあ、これが新しい非正規戦か?」 「いや、精神的陽動戦……だな……」 誰ともなく笑いが漏れ、ブロント少尉は再びジープに乗り込んだ。 手には空になったタルト皿。誇らしげに掲げると、 「じゃ、また来まーす! 今度はプリンですかねぇ……♪」と微笑む。 「おい、待て待て、プリンは崩れるぞ! しかも今度はどんな格好で来る気だ!」 「それは来てからのお楽しみでーす♡」 颯爽とジープを発進させ、草を巻き上げて消えていくブロント少尉。 残された海兵たちは、森の中で口いっぱいにタルトを頬張りながら、しみじみとつぶやいた。 「……あの人が戦地に来るの、なんでこう……一番疲れるんだろうな……」 「胃は満たされてんのに、心が追いつかねえ……」 「……でも、うまかったな」 「なあ、あのタルトって……やっぱり、また誰かの私物無断使用だったりしねぇよな?」 「……だとしたら、また面倒な報告書書く羽目になるな」 誰かがため息をつき、また誰かが笑った。 そして森には、タルトの香りと、ほんの少し甘すぎる静けさが残った。 ──「強襲型スイーツ補給作戦」、完。