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【母の日】江楠さんのお母さん
「オイオイオイ、そこを行くのは早渚君じゃあないか?」 町を歩いていると、クールな低音ボイスが私を呼び止めます。振り向くと、赤いカーネーションの花束を抱えた江楠さんが花屋から出てきたところでした。口元にはいつもの不敵な笑いを浮かべています。 「こんにちは江楠さん。珍しいですね、花屋にいるなんて」 「そうかい?今日という日を思えば自然な事だと思わないか?」 今日は5月の第二日曜日ですから、いわゆる『母の日』ではあります。でも江楠さんにそんな感性が備わっている事に違和感を感じているのです。 「君さては、私が母の日なんか気にせず、PCやスマホを見て他人を脅迫するネタを整理してはほくそ笑んでいるような悪女だと思っているだろう」 「そこまで言ってないですよね。花屋にいるのが珍しいって言っただけでそこまで邪推しないでもらえますか」 江楠さん、ついに人の心を読む術を身に着けたのかな。だとしたら一番習得してちゃいけない人が習得している事になっちゃうけど。 「以前話しただろ、私の最終目標の一つに『母親を見つけ出す』があるっていう話を」 「ああ・・・バーで飲んだ時の」 私は何となく江楠さんについていきました。最近まともに話をしてなかったので、丁度いい機会だと思ったのです。この人、放っておくと何をしてるか本当に分からないので時々動向を掴んでおかないと不安になるんですよね。 「確かあの時は私が8歳を迎えた誕生日に母親が家を出て行ったというところまで話したんだったかな?」 「・・・い、いや多分それは聞いてないですね。8歳の時に出てったみたいな話は覚えてますが、誕生日とかは聞いてない気がします」 「おやそうかい。そういや君は割と顔の広いカメラマンだったねェ、詳細を聞かせておいた方が良さそうだ。何か手掛かりになる情報が入るかも知れない」 江楠さんは懐に手を入れ、分厚く大きい手帳を取り出しました。・・・これ、調査用とかというよりも防弾用に胸元に入れてるって言われても信じられるサイズだなぁ。江楠さんは手帳を開くと、そこから3枚の写真を取り出して私に手渡します。 「あっ、可愛い子ですね」 写真には赤いゴスロリ服を着て、明るい笑顔を浮かべる少女が写っていました。正面写真だけだと分かりませんでしたが、本を読んでいるシーンの写真で見るとポニーテールなのが分かります。 「それが私の母親だよ。ほら、目の色が同じだし髪型も似てるだろ」 「確かに目の色は同じですね。って事は江楠さんの髪色って父親譲りなんだ・・・。ちなみにこれ、お母さんの子供時代の写真ですよね。家出直前あたりのはないんですか?」 私が聞くと、江楠さんはニヤリと口角を上げました。 「それがそうだよ。その写真に写る母は25歳当時の姿だ。私は母が17歳の時の第一子、弟は母が21歳の時に産んだ第二子だからねェ」 「ワッザ!?」 ちょっと待って欲しい。明らかに子供だろうこの子は。これで玄葉と同じ年齢!?いや玄葉も比較的小柄な方だけど。 「えっ・・・じゃあ、も、もしかして、江楠さんのお父さんって・・・ロ」 「それ以上言わない方が良いぞ。極道一家の現組長をロリコン呼ばわりすればタダでは済まないだろうからねェ」 いや江楠さん自身が言っちゃってるし。・・・でもよく考えたら私自身もあんまり人の事言えた義理ではないか。 「話を戻そうか。私の母親の名前は『江楠志愛(えくす しあ)』。旧姓は『荒紅(あれく)』だ。この写真は20年前のものだから、現在45歳という事になる。ただ、今まで集まっている目撃証言からすると、姿はその写真に写る当時とほとんど変わらないようだ」 「さっきから何なんですか!?江楠さんのお母さんって不老不死の存在とかですか!?」 45歳の時でもこの写真と大差ないってどういう事なんだ。思わず不老不死とか言ってしまいましたが、江楠さんは笑い飛ばすのではなく少し難しい顔をしました。 「実はそうかも知れないんだ。というのもだね、私の誕生日祝いを終えた後に急に母が言い出した事には『おかあさん呪いで不老不死になっちゃったみたいだから、呪いを解く方法を探しに旅に出ます!』だのと抜かしたからねェ。その時の私はまだ8歳だった事もあって何かの冗談だと思ったんだが、本当に翌日から母は帰って来なくなった」 「ええ・・・」 「私は大人になってから、母の行方を本格的に探し始めたんだがねェ。この写真なんかを手掛かりに目撃証言を募ったところ、最初あたりの足取りは分かった。家を出てすぐ中国に飛び、そこで現地のならず者に見初められ誘拐・監禁されたようだ」 「いきなり不穏な単語ばっかですね!」 「その誘拐犯の自宅地下に幽閉され、慰み者にされたりしていたようなんだが、9か月目にその誘拐犯の家が燃やされた。中国マフィア『龍立(ロンリー)』に金を借りていたが返せなくなり、本人は臓器を抜かれた後で自宅に置かれ証拠隠滅のために放火されたらしい。龍立は母の存在を知らずに放火してしまったようで、結果として地下室も全て燃え尽きた」 は、母親の話をしてるとは思えない。本当にこの人、私達とは違う世界に生きてるなぁ。 「えっ、というかそれじゃお母さんも一緒に焼かれちゃったんじゃ」 「ところが、捜査によると地下室は燃えていたが人を監禁した痕跡しか見つからなかった。肝心の焼死体が無かったんだよ。それから1年後くらいに母の姿を台湾で見たという証言があったりするので、母は生きているようだ」 「・・・焼死体が無かったっていうのが本当なら、可能性は三つくらい考えられますよね。一つは台湾で目撃されたのが別人。一つは台湾の目撃証言自体が嘘。一つは誘拐犯から逃げ出していたってところですか」 「もしくは、本当に母は不老不死になっていたのかもねェ?燃え尽きて灰になった後、灰の中から復活したのさ。不死鳥のようにね」 ・・・ううん、幽魅のような超常的な存在もいるし、可能性はゼロじゃないのか。 「その後は散発的に、世界中で母らしい姿が見られている。それらに共通しているのは『写真と違い白髪だった』という事くらいだが。後は『ビルの崩落に巻き込まれたが崩落跡から塵を払いながら無傷で出てきた』とかいう突飛なのもあるぞ」 「あー、何かもう常識で考えるのが嫌になりますね。でもとりあえず生きてはいそうだと」 「ああ、いつか会える日を楽しみにしている」 そう言って江楠さんは優しい顔で空を見上げました。そう言えば、江楠さんの持つカーネーションは赤色。白ではないのが、生存を信じている証拠です。 「分かりました、何か分かったら教えますよ」 「頼むよ。・・・ああ、そうだ。あと一つ。母はあまり本名を名乗らないらしい。江楠志愛だから、洒落を利かせたんだろうねェ。こう名乗るそうだ」 江楠さんは少し言葉を区切って、その名を口にしました。 「ラファエル」