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秘密のフリーマーケット
休日の午後、紫峰怜花は偶然足を踏み入れたフリーマーケットの一角で、ふしぎな静けさを放つブースに目をとめた。 そこには狭霧華蓮が、まるで骨董商のような姿勢で品々を並べていた。 「……狭霧さん?」 「先生、お買い物ですか?」 振り向いた狭霧華蓮は、いつも通り静かで整った声でそう言った。ブースには小さな敷物が敷かれ、その上には、一見するとガラクタのような品々が丁寧に並べられていた。 ずらりと並んだその小物たちには、ひとつひとつ手書きの値札と説明が添えられていた。 「それ全部、華蓮さんの?」 「ええ。不要品というより、“記憶の整理”です」 怜花はひとつ手に取った。使いかけの香水瓶に貼られた紙には、 『決して似合わなかった香り 50円』 「……いや、なんか切ないな?」 「中学生の頃、背伸びしすぎました」 ふふっと怜花が笑うと、隣には、 壊れかけの万華鏡に貼られた紙には、 『1回だけ“きれい”って言われたやつ 20円』 ペンのキャップだけには、 『本体はいなくなりました フリー』 どれも突き放さず、どこか優しく物に触れる華蓮のセンスに、怜花はじわりと頬が緩むのを感じた。 「先生も何かいかがですか?」 「これは?」 『ノスタルジック小世界 100円』 と書かれたスノードーム。が目にとまった、中には小さな街並みと、赤いポストがキラキラと街に雪を降らせていた。 「旅先で思い出にと買いました。“持って帰れる世界っていいな”と思って、ずっと部屋にありましたが、最近ようやく、手放してもいいと思えて」 「先生も何かいかがですか?」 「うーん……じゃあこれ」 そう言って怜花が選んだのは、やっぱりあのスノードーム。 財布から100円玉を差し出すと、華蓮はそれを小さな缶にしまい、「お買い上げありがとうございます!」と一礼した。 これ、あなたの思い出だったんでしょ?」 「ええ。でも、記憶は人に預けると形が変わるそうです。先生なら、安心して託せます」 その帰り道。怜花はバッグの中でスノードームを揺らし、小さな街に雪を降らせながら、ぽつりとつぶやいた。 「うん。“持って帰れる世界”悪くないかもね」 スノードームが小さな笑いとあたたかな思い出に変わり想いを託された気がした。