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クールビューティの逸脱セラピー
午後の光が静かに差し込む診察室。 富士見二等軍曹は硬く閉じた唇のまま、深く椅子に腰を沈めていた。視線は膝の上。 対面の女医は白衣のままパソコンに向かってカルテを記入しているが、その表情はモニター表面に微かに反射していた。 ――ああ、この状況が情けない。 いつも自分を悩ませる非常識な上官、その存在が知らず知らずのうちに自分の心を削っていたらしい。 軍病院で胃痛と不眠の診察を受けた結果、心療内科への紹介が出た。 そしてこのクリニックに足を運んだわけだが、まさか。 「そうですね。あなたは非常に優秀で、責任感が強い。普段、あまり言いたいことを言えないのではないかしら?」 女医の声は優しく、それでいてどこか悪戯っぽい調子だった。富士見は無意識に口を開いていた。 「まあ……それでも、少尉は……悪い人ではないんです。放っておけなくて……」 自分でも驚くほど自然に、本音が零れていた。 「誰にも聞こえないところで、本音を思いっきり吐き出すのも、いいかもしれないわね」 「カラオケ……とかでしょうか」 「それもいいけど、もっと刺激的な方法もあるわよ。一緒にやってみる?」 そう囁く女医の笑みは、パソコンの反射で一瞬だけ、富士見の目にも映った――だが、彼女は気づかなかった。 冗談のように微笑んだ女医は、白衣の名札に「轟 」と記されていた。 ─── その午後。 街角にブロント少尉の悲鳴がこだまする。 「ぐっ、軍曹!? ど、どうしたんですかその格好ぉっ!?」 私服姿のブロント少尉が凍りつく。 目の前には、金髪グラデーションのショートヘアに厚底ブーツ、改造軍服、タトゥーシールにメタルアクセ満載という見事なギャル…… 周囲の市民どころかMPまで硬直するその姿は、明らかに"グレた"、富士見軍曹だった。 「やかましいポンコツ少尉!!ブルマでうろつく変態に説教される筋合いはねえ!!」 挑発的なハンドサインを、サマードレス姿のブロント少尉に突き付ける、ギャルもとい富士見軍曹。 「えっ!? あっ……ひ、ひぃい……(これは夢だ夢だ夢だ)」 「見慣れぬ私にビビったか、クソ雑魚少尉!」 「ごめんなさいごめんなさい富士見さん、軍曹さん!? え、なに!? どういう状況ぉおおお……」 ブロント少尉はその場でびえええんと号泣して走り去ってしまった。 ─── その日の夕方。 富士見軍曹は、落ち着いた表情で再び診察室を訪れていた。 軍服はきちんと整えられ、髪もボブに戻り、階級章も磨かれていた。 「おかげさまで、だいぶスッキリしました。あんな姿は二度と御免ですが……」 「でも、誰より楽しそうだったわよ?」 「……あの、先生?」 軍曹がようやく顔を上げた。 スカイダイビング中の微笑と、目の前の女性の顔が一致する。 「……轟……安奈……先生……?」 「ようやく気づいたのね。ふふ。お帰りなさい、軍曹さん」 「なっ……なんで今まで黙って……!?」 その瞬間── 「お母様ぁああああああ~~~っっ!!」 診察室のドアが爆発音と共に開いた。 サマードレス姿のブロント少尉が突入し、涙目で最初に抱きついたのは──なぜか、富士見軍曹だった。 「お母様~~~!! 軍曹がぐれちゃったのぉぉぉぉぉ!!どうしていいか、もう……うっ……えっ?」 「ちょ……っ!? 私はお母様じゃない!!」 「えっ!? あれ? あれ? お母様じゃない? 軍曹!? あ、あっちだった! ごめん軍曹間違えた!! お母様~~~~!!」 「あらあら、また泣き虫に戻っちゃって。甘えん坊さんねぇ」 「軍曹が戻ってる~!!お母様が直してくれたの~!!ありがとう!!」 診察室に収まらない喧騒の中、富士見軍曹は思わず天を仰いだ。 (……安奈先生、まず娘さんを治してください) 「「軍曹はやっぱり、いつもの方がいいよ!!」 そう言いつつ、またくっ付いてきたブロント少尉の頭をそっとなでる富士見軍曹だった。
