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秘密のチアガール
「……狭霧さん。どうしてチアガールの衣装を着てるの?」 放課後の理科準備室。書類整理をしていた新米教師・紫峰怜花は、目の前に現れた華蓮を見て、思わず手を止めた。 「はい。チア部の発表用に、補佐として動いておりまして」 「チア部の……補佐?」 「ええ。私、チアの動作と物理法則の関係に興味がありまして。資料を作るついでに衣装もお借りしました。説得力が増すかと」 「それ資料を作る人がやる格好じゃないんじゃないかしら?」 華蓮はひとつうなずき、手元のノートを開いた。 「ジャンプの高さは、地面を蹴る角度と筋肉の収縮タイミングで変わります。30度前後で力を加えると、最も効率的に跳べるんですよ。空中姿勢の安定にも影響します」 「……チア部の子たち、ちゃんと聞いてくれるの?」 「最初は怪訝な顔をされましたが、"ポンポンの揺れ方が視線を引きやすい振動数になっている"と話したあたりから、だんだん興味を持ってくれて」 怜花は苦笑した。「まさか、チアリーディングを振動工学で語るとはね……」 「さらに、笑顔によって脳内でドーパミンが分泌されると説明すると、"笑顔って大事なんだね"と感動してくれて」 「地味に教育的で、ちょっと感動的ですらあるわね。でもその派手な格好で科学的な説明する時真顔なの、だいぶ違和感あるわね?」 華蓮は一瞬首をかしげた。 「そうですか?少々浮いてますでしょうか?」 「いや、浮いてるというか……普段、肌の露出が少ない狭霧さんがそんな露出度が高く派手な衣装を着ていることに驚きだわ」 その時、廊下から声が響いた。 「華蓮~!次の練習よろしくねー!」 「はい、すぐ参ります」 華蓮はそっと立ち上がり、ポンポンを手にすると、振り返って一礼した。 「先生。次回は“発声と横隔膜の関係”について、少しだけ解説しようと思っております。ご興味があれば、ぜひ」 「……うん。とりあえず、あまり かがんで物を取らない方がいいかもね!あと階段には気をつけてね!」 「はい。気をつけます」 そう言って去っていく華蓮の背に、怜花は思わず笑みをこぼした。 「まったく。ほんと、不思議な子」 頬をゆるめながら、怜花は静かにノートを閉じた。