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秘密の金魚すくい
祭の午後、校庭は涼やかな風に吹かれ、色とりどりの屋台が並んでいた。新米教師の紫峰怜花は、手にした進行表と見比べながら、各屋台の点検に回っていた。 風鈴、風車、流しそうめん……そして、科学部と天文学部による「科学屋台」ブロックが、ひときわ異彩を放っている。 「紫峰先生、こちらにいらしたのですね」 呼び止めたのは、科学・天文学部所属の生徒・狭霧華蓮。うっすら汗を光らせながらも、その声は落ち着いている。手には、色の変わるラムネ瓶。 「これは、“紫キャベツ抽出液”と“炭酸水素ナトリウム”によるpH反応を利用して色変化を起こす実験です。お味もなかなか…ですよ」 「ちゃんと飲めるんですね、それ」 「一応、食用として許可された範囲で調整しております。…味は、保証できませんが」 どこか楽しげに笑う華蓮は、次に金魚すくいの屋台へと向かう。そこには三種のポイが用意され、形状と素材の違いによる“捕獲率”の比較ができる、いわば「科学金魚すくい」だった。 「……水の表面張力、ポイの耐水性、そして金魚の遊泳速度。この三点が勝負の鍵ですね」 冷静に分析しながら、華蓮はひとつのポイを手に取る。薄く、破れやすいが、水中の抵抗が少ないものを選んだようだった。 「金魚は流体力学的に言えば、尾びれの推進によって水を後方に蹴り出し、その反動で進む構造です。つまり、動き出す瞬間の軌跡を予測できれば――」 スッとポイを差し出すが、金魚はひらりと躱す。二度、三度と繰り返すうち、ポイの紙が破れた。 「……予測は成立していたのですが、手首の操作が追いつきませんでした。再挑戦します」 三度目の挑戦。今度こそ成功かと思いきや――すくい上げた瞬間、金魚は反転してポイをすり抜け、また水中へ戻っていく。 「……筋肉の収縮反応が、予測より鋭敏でした」 「つまり、逃げ足が速かったってことですね」 隣で見ていた怜花が、思わず吹き出す。華蓮は少し照れたように、微笑を浮かべる。 「科学的な検証と、実地での結果は、必ずしも一致しないようですね」 「でも、分析も観察も完璧でした。あとは…経験値、ですかね」 「次回は、必ず成果を出します」 金魚は涼しげに水面を泳ぎ続ける。怜花のやさしげな視線の中、華蓮の挑戦は、まだ続くのだった。