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【夕焼け】信頼と友情と牽制
「今日もまた夜が来るのね・・・」 高台の公園に立ち、沈んでいく太陽を眺めながら私は呟く。テロリンの作戦も失敗に終わり、カメラマンさんに言い含められた事もあるし、今夜の狩りは止めておこうか。そんな事を考えていた私は、背後に迫る気配に気付くのが遅れた。 「こんにちは、あるいはこんばんは。シリアちゃん」 春風のようにきらきらした、柔らかな女性の声。声を掛けながら私の視界の中に入り込んできたのは、綺麗な銀の長髪をなびかせた美少女だった。 「あなたは・・・」 この近くで何度か見かけた顔。そうだ、カメラマンさんのお気に入りの子だ。夜歩き防止ポスターを撮った時にヤンデレストーカー女になってた子。 「直接お話するのは初めてですよね。鈴白瑞葵です。歳は20」 「・・・同い年なのね。私はシリア・リーパー。でもあなた、私の名前を知っていたようだけど」 「凪さんがホテルの前で名前を呼んでいましたからね」 ホテル。あの朝の別れ際を見られていたのね。・・・あっ、そういえばカメラマンさん、この瑞葵って子と両想いとか言ってなかったかしら。だとしたらまずいかも。 「あ・・・あの、ごめんなさい。あなたには謝らないといけないわね」 「えっ?」 「その、私が先輩に浮気みたいな真似をされて、それで八つ当たり気味にカメラマンさんをホテルに連れ込んでしまったの。でもあなた、カメラマンさんと親密な関係なんでしょう?だから、その・・・あなたの大切な彼をたぶらかしたみたいな形になっちゃうじゃない。自分がされて嫌な事をあなたにしてしまった事になるでしょう。あの時は自棄になっていて冷静な判断ができなかったけれど、思い返したらとてもひどい事だわ。で、でも安心して。カメラマンさんと本番行為に及んだりはしていないから」 人差し指をぐるぐるさせながら、私はべらべらと並べ立てる。言い訳に聞こえてしまうだろう。瑞葵に頬を叩かれても文句を言う資格は無い。だけど、瑞葵は柔らかく微笑んだ。 「ふふっ、大丈夫ですよ。それくらいは分かります。凪さんは責任感ある方なので、その場の勢いだけで女性を傷物にしたりしません。ちょっとえっちな一面はありますけど、取り返しのつかないような事はされてませんよね?」 「え、ええ・・・」 まあ、思い出に残るような事はしてしまったけど。 「だったら、シリアちゃんが私に謝るような事はありませんよ。ただ、シリアちゃんが凪さんに『嫌な事をされた』と感じているなら、私もシリアちゃんの味方になって一緒に凪さんを怒ってあげますけど」 「いえ、それには及ばないわ。カメラマンさんは紳士的で、『先輩を想っているシリアちゃんを抱くわけにはいかない』って言ってくれて、終始傷心の私を気遣ってくれたもの」 「凪さんらしいですね。・・・まあ、そういう訳で私としては謝られる筋合いはありません。凪さんの事、信じてますから」 なんて強い子なんだろう。自分の想い人が他の相手と一夜を過ごしたというのに、こんなに堂々としていられるなんて。 「あなたとカメラマンさんは強い絆で結ばれているのね。うらやましいわ」 「ふふ、そう言われると少しこそばゆいです。・・・シリアちゃん、凪さんは親身になってくれる大人ですから、辛い時は頼ってもいいと思います。でも」 すっと瑞葵が間合いを詰めてきた。耳元で続きをささやく。 「凪さんの人生を狂わせるほど困らせるような事は駄目ですよ。そういうの、『やーです』」 全身に寒気が走るのを感じた。この私が一般人に気圧された・・・?この子は普通じゃないと、五感が危険を告げる。気配そのものは『基本善人の中に少しの悪が混じっている』という、よくいる普通のパターンなのに。何だか瑞葵には私の抱える後ろ暗さ全てを見透かされているのではないかとさえ思ってしまう。 「・・・なーんて。私たち、凪さんの知り合い同士で年齢も同じですし、これから仲良くしましょうね」 瑞葵はすっと手を差し出して握手を求めてきた。私もそれに応じて、手を握り返す。 「よろしくね、瑞葵」 「はい、よろしくです。シリアちゃん」 ・・・仲良くしてくれるつもりならありがたい。この子の事は怒らせないようにしよう。 「・・・ち、ちょっと瑞葵?握手の握る力、強くないかしら?」 「そうですか?」 めきめきめきめき。私の右手が悲鳴を上げている。怒らせないようにしようと思ったばかりだけど、実は既に怒っていてまだ許されてないのでは。 「み、瑞葵。大丈夫だから。もうカメラマンさんをホテルに誘ったりしないからね。私の本命は卜部先輩だから」 「あはは、分かってますって。そんなに念押ししなくたって」 ぱっと手が離される。まだ右手がジンジン痺れている。今日はもう鎌を握れそうにない。 「・・・瑞葵、握力いくつ?」 「私の握力は530000・・・じゃなかった、53kgです。危ない危ない、可愛げのない数字を言っちゃうところでした」 「いや53kgも大概よ?」