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【ランチボックス】橙臣ちゃん危機一髪
「ただいま」 私が家に帰ってリビングに入ると、何やらいい匂いが。 「げっ、帰ってきた」 「あれ、橙臣ちゃん?」 橙臣ちゃんがラフな私服姿で我が家のリビングにいたのです。いい匂いの元は、その手元に置いてあるお弁当でした。 「・・・状況聞いていい?」 「あー、ほらこの間お花見でお弁当持ち寄って食べたでしょ。あの時の玄葉さんのお弁当がおいしかったから、作り方教えてもらおうと思って来たのよ」 ・・・えーと、あのお弁当は私が作ったんだけどな。 「でも、玄葉さん『ちょっと準備してくるから』って言って出て行っちゃったんだけど中々戻って来なくて」 「あー」 私はリュックに仕舞っていたスマホを取り出して見て見ました。自然公園の撮影だから動物や野鳥を刺激しないように着信音オフにしてたんですが、玄葉からの履歴がびっしり。多分私に助けを求めまくったんだな。 「で、そのお弁当は?」 「ただ待ってるだけだと申し訳ないから、今の腕前を見てもらって参考意見を聞くために先に持ち込んだ食材で作ってみたんだけど」 お花見の時にも思ったけど、橙臣ちゃん普通に料理上手いんですよね。玄葉に教えられる事なんて料理本に書いてある知識しかないだろ、こんなの。 「しょうがない妹だな。ちょっと玄葉の様子を見てくるから待っててね」 私は橙臣ちゃんに断ってから、玄葉の部屋に向かいます。ノックして声を掛けると、扉が細く開いて玄葉が凄い目でこっちを見てきました。 「なんで電話出なかったのよ」 「着信音オフにしてたんだよ。で、どうすんの橙臣ちゃんの事」 私が部屋に入ると、玄葉は料理本を手に持っていました。いや、玄葉一度読んだ本は頭の中に入ってるじゃん。こりゃ相当追い詰められてパニックになってたな。 「・・・お兄と私の二人羽織でどうにか」 「なるわけないよね。ていうか見栄張らないで普通に言えばいいじゃない。『おにいちゃんにつくってもらいました』って」 「それしかないか・・・」 まあ無理もないか。あんだけ慕われてたら期待されたのを裏切りにくいもんな。 「ほら、私も一緒に行ってあげるから」 玄葉の手を引いてリビングに戻ると、橙臣ちゃんがほっとしたような顔で玄葉を出迎えました。 「玄葉さん、とりあえず私が作ったのを食べてみてアドバイスもらえますか?」 「あっ、あの・・・恋織ちゃん。私、りょ、料理できないの!」 おお、言えた言えた。 「言えなくてごめん、あのお花見のお弁当もお兄が全部作ってくれたやつで」 「そ、そうなんですか」 橙臣ちゃん、流石にちょっと驚いているな。 「玄葉はね、料理を作ろうとすると全部毒化しちゃうんだ。コロッケ揚げようとすると石炭みたいなのできるし、生クリームのケーキはガトーショコラみたいになるし」 「いや流石にそれは嘘でしょ!」 嘘じゃないんだけどな。まあ科学的におかしいとは私も思うけども。 「ちょっと玄葉さん、こんな事言われて黙ってるつもりですか!?私が付き合いますからちゃんとした料理作ってぎゃふんと言わせてやりましょうよ!」 「えっ」 何か話がおかしな方向になってきたぞ。教える役が私に代わるみたいな展開を想像してたのに、何か玄葉が橙臣ちゃんに教わって料理する事になってる。 「い、いや待って。私は本当に料理できなくて」 「さすがにおにぎりくらいは行けますって!」 橙臣ちゃん、話聞かないなぁ。動機は玄葉の名誉のためなのかも知れないけど、正直言ってヤバイ予感しかしないんだけど。今の内に逃げた方が良さそうかも。 「早渚、アンタはちゃんと玄葉さんのおにぎり食べるんだからね」 あっ、死ぬかもな私。玄葉は恐る恐る白米を手にとって握り、塩を振っておにぎりを作りました。見た目は普通ですが、最近玄葉の料理は見た目普通なほど中身がヤバイ傾向にあるから逆に怖い。 「お、お兄。無理しないでいいからね」 「とは言ってもさぁ・・・」 危険性が分かってるだけにどうにもできない。こんな時幽魅がいれば押し付けられるのに。 「何ビビってるの、ただご飯に塩振って握っただけでマズくなるわけないじゃない!」 橙臣ちゃんが勢いよくおにぎりにかぶりつきました。止める間も無かった。 「ぱじゃふ」 「だ、大丈夫!?」 橙臣ちゃんが一瞬で気を失い、後ろに倒れ込みました。私は咄嗟に何とか彼女を抱きとめ、床に寝かせます。・・・ヤバイ、脈はあるけど息してないぞ。 「ええと、まず気道確保と人工呼吸だったかな!」 私は橙臣ちゃんの顎を上げ、口にハンカチを被せてから布越しに息を吹き込みました。これでダメなら胸骨圧迫もしないとと思ってましたが、幸い2回吹き込んだところで激しく咳き込んでくれて呼吸が戻りました。 「げほっ、げっほっ!み、水・・・!」 橙臣ちゃんの言葉を聞いて、玄葉が急いでコップに水を入れてきました。橙臣ちゃんはそれを受け取ると一息に飲み干してしまいます。それから一息ついて、ようやくまともに話が出来るようになりました。 「さ・・・早渚。な、何、今の何。食べた事無い味したんだけど・・・」 「だから言ったでしょ。玄葉の料理は普通じゃないんだよ」 しかも今回はおにぎりだったから、接触回数が多くて余計に毒化がやばかったのかもしれない。 「私が作れるのは、料理とは呼べないレベルの奴だけなの・・・。カップ麺とかそういうレベルの」 その後私は当初の橙臣ちゃんの目的を果たすために、橙臣ちゃんの作ってくれたお弁当を試食して、それと同じメニューを目の前で私なりにアレンジして作って見せました。それを口にした橙臣ちゃんは複雑な表情。 「ムカつくけど、すっごいおいしい・・・」 「肉料理の場合は加熱時間と火力も気を付けてないと、火の通り具合で食感や味の染み込み方も変わってくるからね。何度も試して自分好みのアレンジを見つけた方がいいよ。あとは、玄葉は料理の実技が駄目なだけで知識は人並み以上にあるから、実演以外なら何でも頼ってあげてね」 「お兄・・・」 玄葉の株を落とすだけ落としたままにしておくのも悪いし、これくらいのフォローは入れておかないと。何しろ玄葉がキレたら何されるか分かったもんじゃない。 「あの、早渚・・・また料理習いに来てもいい?玄葉さんからもアドバイス欲しいし」 「え、うん。いいけど、家にいない事もあるから事前に連絡はしてね」 「それはもちろんするわ。・・・ありがと、今日は帰る。ごちそうさまでした」 橙臣ちゃんはお弁当を片付けて帰っていきました。 「・・・お兄、今度から恋織ちゃんって私に会いに来るのとお兄に会いに来るの、どっちを意識して来ると思う?」 「そりゃ玄葉でしょ。私なんて目の前で作ってあげるくらいしかできないし」 「作ってあげる事も出来なくて悪かったわね」 あれ、何か玄葉機嫌ちょっと悪い?不安に思っている間に、玄葉は自室に戻ってしまいました。