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【スケッチブック】似顔絵描きのおじいさん
「はい彼氏さん。出来ましたよ」 「早いですね!?しかも上手い!」 今日は瑞葵ちゃんとデートに来ていたのですが、公園でスケッチブックを持って似顔絵を売っているおじいさんに出会いました。値段も時間も手ごろだったので、試しにお願いしてみたのですがまさか鉛筆一本でこんなスピードとクオリティで仕上げてくるとは。 「じゃあ次は彼氏さんの絵を描いてあげましょうねぇ」 続けておじいさんは私を見て絵を描き始めます。さっき瑞葵ちゃんの絵を描き始めた時にも思ったんですが、このおじいさんは一目見てその人の顔立ちを覚えてしまうみたいです。私の方を見もしないでずっとスケッチブックに鉛筆を走らせているんですよ。 「凪さん、すごい人もいるんですね」 「そうだね。私も写真家やっているから『風景を切り取る』っていう点では絵描きさんと通じるものがあるけど、この方は見た物を写真のように頭の中に残しておけるのかもね。まあ、写真と絵自体は全然道具もアプローチも違うし、どっちが優れてるとかは無いと思うけど」 時々「カメラはシャッター切るだけだから誰でもできる」などと言う人もいるのですが、写真は絵画と違ってアレンジが効かない上に同じ瞬間は二度とないので、商売にするための写真を撮るには技術と経験、勘やセンスといったものが必要だったりします。絵画はその作者ならではの表現や技法を使って個性を演出しやすいのが特徴だと思うのですが、それがどれだけ人の心を動かせるかは私には判断つきませんし、やっぱり写真と絵画が似てるのは『見た物を画像にする』って要素くらいで全然別物なんでしょうね。 「はいお嬢さん、彼氏さんの絵が描けましたよ」 「わぁ、ありがとうございます!」 「なんかすごい美化されて描かれてないですかこれ」 絵に対してこういうのも何か妙ですが、『絵になる』ようなポーズでカメラを手に取る私がそこには描き出されています。瑞葵ちゃんは気に入ったようで、嬉しそうにその絵を眺めているので少し気恥ずかしい。 「お嬢さん、お嬢さん」 と、おじいさんが小声で瑞葵ちゃんに声を掛けて手招きしています。瑞葵ちゃんが近づくと、内緒話を始めました。 「実はですねぇ、ご希望とあらば『彼氏さんのお召し物をひん剥いた状態』の絵も描けますよ」 「お願いしていいですか?」 「もちろん」 何言ってんだこの二人!?それ私のヌードを想像して描くって事!? 「許すわけないに決まってるでしょう!瑞葵ちゃんも何即答でお願いしてるの!」 「彼氏さん耳いいんですねぇ」 「ねー。・・・あっ、それならおじいさん。私の裸もイメージして描けたりします?」 「瑞葵ちゃん!?」 今度は何言い出すんだ。おじいさんも首を縦に振ってるし。私は瑞葵ちゃんを庇うように抱きしめ、おじいさんと瑞葵ちゃんの間に身体を滑りこませます。 「それもダメです!例えイメージだとしても瑞葵ちゃんの裸婦画なんて!」 「そうですよねぇ。彼女さんの肌は彼氏さんの独り占めにしたいですよねぇ」 「そりゃそうですよ!まったく・・・」 あ。つい肯定してしまった。そっと瑞葵ちゃんの表情を伺うと、含みのある顔で笑っています。謀ったな。 「凪さん、それなら今日は凪さんのお部屋にお泊りしに行ってもいいですか?」 「待って待って待って待って。この話の流れでそれだと絶対よい子のみんなに見せられないような展開になるでしょ」 「一応こんな事もあろうかと備えはありますよ?」 瑞葵ちゃんが自分の指で空中をなぞり、薄い長方形の箱を思わせるような形を描きます。やめて生々しい。 「と、とにかく!そういうのはまだダメ!」 「シリアちゃんとはホテルインしたのにですかー?」 「それ言うのずるくない?」 「ふふ、ごめんなさい。ちょっとイジワルでしたね。今日の所は諦めておきます。凪さんが我慢できなくなるその日が来るのを楽しみにしてますよ?」 いやハードル高いな。そういうムード作りとか関係なしに常に私から誘われるの待ってるって事?それだと自然な流れでってやりにくいから超誘いにくいんだけど。 「仲良しですねぇ」 「あ、すみません。いつまでもいたらお仕事との邪魔でしたね。瑞葵ちゃん、行こうか」 「はぁい。おじいさん、ありがとうございました」 私と瑞葵ちゃんは絵描きのおじいさんに頭を下げてその場を後にしました。それにしても、瑞葵ちゃんをそういう事に誘うタイミングかぁ・・・。そもそも彼女じゃないんだけどね、瑞葵ちゃんは。 「最後まであのおじいさん、私と凪さんをカップルだと思ってましたね」 「玄葉とか向日葵ちゃんも良く冷めた目で見てくるけど、そんなに距離感おかしいかな」 腕を組んだまま桜咲く公園を歩き、二人揃って首をかしげる私達なのでした。