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【侍】サムライカフェ
「いらっしゃいませでござる!」 教室に入ってきた男性にござる口調の挨拶を。今日は僕たちの学校の学園祭で、僕のクラスは『サムライカフェ』なる出し物。美結ちゃんは「武士が町民に給仕するとかありえない、解釈違いも甚だしいよね。侍の良さって言うのは人に媚び諂う事じゃなくて己の信念を掲げて時代を駆け抜ける生き様だと思う」とか早口の小声でぶつぶつ文句を言ってたけど、クラスの決定だからキッチン側に入って飲み物を作ったりしてる。 「・・・はぁ~♡羽佐美さんイイ・・・♡丸見えの肩甲骨と鎖骨がとってもえっち・・・♡」 「あれ、蛍さん!いつの間に来てたんですか・・・じゃなくて、来てたのでござるか?」 気が付くと、近くの席に蛍さんが座っていた。一瞬ふにゃふにゃでよだれを垂らしそうな笑顔をしてたように見えたけど、気のせいだったみたい。いつもジムで会う時のジャージ姿でメニューを開いている。 「ついさっきですわ、羽佐美さんとは別の生徒さんに席に通してもらいましたの」 「気付かなかったでござる。もしかしてジャージだから生徒に見えてお客さんだと思わなかったのかも?ジャージのお客さんって変わってるでござるし」 「これでももう19歳なのですが・・・しかし服装で言えば、羽佐美さんの方が変と言いますか、大分扇情的な路線に舵取りした形跡が・・・」 そこは言わないで欲しい。僕の今の格好は、上半身裸に胸のところだけサラシを巻いて、下半身は赤い袴。おもちゃの刀も腰に下げてるけど、羽織が無いとあまり侍感は無いと思う。 「これはその、全員分を羽織を買う衣装の予算がつかなくて。だから皆羽織は無しで、『この格好でも給仕するよ』っていう女子が給仕係なのでござる」 結構セクシーな感じだから、嫌がる女子もいたしね。でも僕、そもそも立候補してないんだけど。と、僕を給仕係にした諸悪の根源が歩いて来た。 「ちなみにはさみんは特別枠♪はさみんの知り合いだよね、私は獅子島飛鳥。どう、はさみん可愛いでしょ」 「最高ですわ」 獅子島さんはさらっと会話にも入ってきた。蛍さんという初対面の年上女性相手にいきなりタメ口で行けるの凄いな。 「そのジャージこの辺で見ないけど、どの辺りのガッコ?」 「これはウチのジムのジャージですわ。初めまして、金剛院蛍と申します」 蛍さんはさっと名刺を取り出して獅子島さんに手渡した。そうか、今日は学園祭で人が多いからジムの宣伝も考えて来てたのかも。 「あ、やべ。年上じゃん」 「気付いてなかっただけだった・・・で、ござる」 獅子島さんって、会話始める時にあんまり深く考えないんだろうなぁ。 「そう言えば気になっていたのですが、羽佐美さんはどうしてさっきから語尾に『ござる』を付けているのでしょう?」 「キャラ付けらしいでーす。ほら、口調だけでもそれっぽくしないと、はさみんどう見ても女子じゃないですか」 「僕は男子だよぉ!!」 大きな声が出ちゃった。教室に来ていたお客さん達もいきなりの大声に驚いてこっちを見てる。 「ご、ごめんなさい」 僕がお客さん達に頭を下げると、徐々に教室は落ち着きを取り戻した。 「もう、獅子島さんが変な事言うから」 「そうですわ飛鳥さん。わたくしもジャージの上からでは分かりませんでしたが、今の羽佐美さんは素肌を見せているのですから、体つきで男子だとちゃんと分かりましてよ」 「えー、その辺やっぱり男子と女子って違うんですねー」 と、裏方組がこっちを見てる。少し話し過ぎた。僕は蛍さんの接客を獅子島さんに任せて、裏方組の方に行くと次に運ぶ飲み物やお団子を受け取って給仕の仕事に戻る。いくつかの席に飲み物を運び終えた時、おもむろに若い男性客のグループが近寄ってきた。 「ね、さっき叫んでたけど、君本当に男子なの?ちょっと確かめさせてもらっていい?」 「えっ?た、確かめるって・・・」 「大丈夫、下は触んないからさ」 その中の一人がそう言うと、僕の胸に手を伸ばしてくる。 「待て!!」 その手が、横から伸びて来た手にがしっと掴まれて止まった。 「あっ、お兄さん!」 僕を助けてくれたのは赤羽さんのお兄さんだった。お兄さんは僕を庇うように、僕と男性グループの間に割って入って来る。 「お前たちが誰だか知らんが、いたいけな女子の胸を故意に触ろうとは言語道断!男の風上にも置けん!」 「い、いや違うって、この子自分で『僕は男子』って言ってたんだって。大声で人聞きの悪い事言うなよ」 僕を触ろうとした男の人は決まりが悪そうにそう弁明した。でも赤羽さんのお兄さんはさらに声を張り上げた。 「バカヤロウ!こんな可愛い男がいるわけないだろ!俺は以前、事故で彼女の胸を触ってしまった事があったが、あのほのかな柔らかさ、間違いなく女子!これ以上ごねるようなら、ここの教師や場合によっては警察を呼ぶぞ!」 廊下まで響き渡っただろう一喝に、男性グループは逃げて行った。ちゃんとお会計は済ませてから逃げるあたり、根っこは真面目な人たちなんだと思う。 「大丈夫だったか?羽佐美ちゃん」 お兄さんは僕にニッと笑いかけた。その様子を、僕のクラスメイトがニヤニヤと面白そうな顔で遠巻きに見てるのに気付く。なんか猛烈に恥ずかしくなってきた。 「もー!お兄さんのバカぁ!大声で胸触ったとか言わないで下さい!」 持っていたトレイでぺしっとお兄さんの肩をはたく。と、お兄さんの首を後ろから掴んだ手が。蛍さんだ。 「羽佐美さん、こちらの方はわたくしが引き取りますわね。ちょっとこの方と“お話”があるものでして。具体的には、その『羽佐美さんの胸を触った』という件について」 「痛でででで!?くび、首が握りつぶされる!」 「まぁ、そのような怪力ではございませんわ。レディに向かって、まるでゴリラを形容するかのような評価をなさらないで?ほら、いらっしゃいな。・・・いいから来いって言ってんですわ」 そのまま蛍さんは赤羽さんのお兄さんを引きずっていった。お兄さんの方が体格が良さそうなのに、全く蛍さんを振りほどけないみたい。 「はさみん、大丈夫だった?あれさ、バネちゃんのお兄ちゃんだよね」 「うん・・・悪い人じゃないんだけど、間が悪い人みたい」 後日赤羽さんに聞いたら、その日のお兄さんは顔面包帯グルグル巻きになって帰ってきたみたい。まるで僕らのサムライカフェのサラシみたいだったって。
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