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ミリキュア☆春の音楽祭へようこそ!
士官学校・中庭特設ステージ。 春風が吹き抜ける午後、陽光が照らす仮設の舞台の上に、二つの影が躍る——。 「せーのっ、ミリキュア、発進ッ!!」 金髪ポニーテールをふわりとはためかせ、ノリノリでポーズを決めるブロント少尉。 隣で、黒髪ボブの富士見軍曹が、顔を真っ赤に染めながら震える声で続いた。 「……敵勢力、撃滅します……ぅ……」 二人が着ているのは、なぜか魔法少女と軍服が融合した謎のコスチューム。 ブロント少尉はピンクとカーキのリボン付き戦闘服に、背中には謎の砲塔型バックパック。 富士見軍曹は、黒とネイビーを基調としたミリタリーゴスロリ調。 そして曲は—— 「空へ羽ばたけ、装甲翼(アーマーウィング)!」 「未来守るの、ミリキュアハート!」 華麗にキメる二人。だが、その背後では、 「がんばれええええ! 少尉ちゃん! 軍曹ちゃん! 尊いッ!」 ちびでぶ、メガネの曹候補生・福井が、なぜか本格的なDJミキサーを操作しながら叫んでいた。 軍帽をアレンジしたヲタク風ヘッドギアをかぶり、ケミカルライトを両手に振る彼の姿は、もはや応援なのか召喚儀式なのか分からない領域。 「福井……貴様……! あの歌詞、絶対わざとだろう……!」 「いえ、真剣です! “高機動戦闘魔法少女ユニット”の理念を形にしたまでです!」 富士見軍曹がマイク越しに低く唸る。ブロント少尉は、というと。 「これ……わたし、けっこう好きかもです。『天使の制圧作戦(エンジェル・オペレーション)』ってタイトル、イイ感じですよね!」 「少尉、まさか本気で……!」 歌い踊る二人、照明が点滅し、舞台の熱気は最高潮。 観客(主に候補生たち)のボルテージも上がり続ける。 その中、ブロント少尉は高らかに叫んだ。 「我々、ミリキュアは! 敵意ある不正と怠慢に対して、全力でカワイく制圧するッ!!」 「……本気で言ってるの、この人……」 富士見軍曹はうつむいたまま、涙目で踊り続けた。 その夜、誰かが掲示板に張り紙をした。 『次回公演、秋のミリタリーパレード☆彡』 富士見軍曹の筆跡ではなかった。 ——少し前、教頭室。 教頭は机の上で両手を組み、ゲンドウポーズのまま、飄々とした表情で答えた。 「うむ。今回の『春の音楽祭』だが、士気高揚と親睦を目的とする以上、多少の演出は容認されるだろう」 「……はい」 「ただし、失敗すれば士官学校全体の威信に関わる。演者の士気と、結果の両立を期待している。責任は……もちろん、適切に所在を明らかにする」 「……」 言葉の選び方は、どこまでも曖昧。 成功すれば手柄は皆のもの、失敗すれば現場責任。 演出の自由はあるが、出すぎれば罰、目立たなければ失敗。 ——まさに逃げ道のない、完璧な玉虫色の命令でもない指示。 「では、富士見二等軍曹、ブロント少尉——」 教頭は机に手を組み、涼しい顔で言った。 「今回の件については……現場の裁量で、柔軟に、最善を尽くすように」 最後まで見事に玉虫色。 教頭の前で、富士見軍曹はまっすぐに立っていた。 「”命令”、受領しました」 富士見軍曹は、殺気を帯びた完璧な敬礼で応じる。 女性下士官用の制服に身を包み、黒髪ボブの美しい顔立ちに、恐ろしいほどの殺気を漲らせた敬礼。 声は静かだったが、まるで抜き身の刃のような気配を放つ。 しかし隣では、 ブロント少尉の大きな青い瞳が、カッと見開かれていた。 (柔軟に……最善……?) ぐるるる、と音を立てて、ブロント少尉の脳内で警報が鳴る。 「不正な命令!」「ズルい大人!」「なにか裏があるぞ!」のランプがピカピカ光る。 「教頭殿……!!」 ブロント少尉がぎりぎりと歯を食いしばった。 ぐわっと肩が怒りで膨らみ、拳をきゅっと握りしめる。 (こ、これは、拳で叩き直す案件だ……!!) (わたしは悪い大人に屈しない!!) 次の瞬間—— ブロント少尉のしなやかな長身の身体が、教頭に向かって、さながら女豹のように飛びかかろうとした。 そのときだった。 「少尉!!」 教頭が、机を叩いて叫んだ。 「音楽祭で武威を表せッ!!命令だ!!」 ビタァンッッ!! ブロント少尉の拳が、教頭の鼻先ぎりぎりで止まる。 「……ぶい、を……?」 ぴたっと固まるブロント少尉。 「そうだ! ミリキュア☆春の音楽祭だ! そこで正々堂々、武威を表すのだッ!」 こめかみに汗を垂らしながら語る、教頭の真剣な目に、ブロント少尉は「これは武士の勝負なのだ!」と勝手に理解した。 「了解しましたッ!!」 ビシィィィィィィッッ!!! 全力の敬礼。 その横で、 富士見軍曹は、顔を覆っていた。 (これが……うちの少尉……。忖度なんて理解するはずないでしょう) そして—— その日、音楽祭のステージで、ブロント少尉と富士見軍曹の「ミリキュア武威ダンス」が炸裂することになるのであった。 ——そして現在、中庭ステージ。 あの殺気を孕んだ敬礼の真実。 富士見軍曹は、音楽に合わせながら、心の中で(次は絶対に復讐する……)と誓っていた。 ブロント少尉の突き殺す覚悟の敬礼(実際に殴りかかりそうだったが)に賛同する気持ちも確かに沸き起こっていた。