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奪われた日常
昼食後に玄葉が服屋に買い物に出かけたので、私は家に残って昼食の後片付けをしていました。もし幽魅が現れたら、上手い事言いくるめてテロリン騒動が終わるまで監視下においておかないといけません。・・・シリアちゃん、あの後無事に紅から逃げられたかな。紅と遭遇した事を江楠さんに伝えると『すぐに警察や江楠組を動かす』と言っていたけど、どうやら紅は捕まらなかったみたいだし。 そんな事を考えつつ食器や調理器具を洗い、片付けが終わったところで私のスマホが鳴りました。知らない番号です。ちょっと不安でしたが、出てみると女の子の泣き声が聞こえてきました。 「あっ・・・な、凪さぁん・・・凪、さ、ああ、うああ・・・!」 「その声・・・もしかして瑞葵ちゃん?」 泣きながら話しているせいで聞き取りづらかったですが、どうも瑞葵ちゃんらしい。普段の様子とまるで違う、本気でぼろぼろ泣いているようなその声に、私は胸を締め付けられるような思いがしました。とりあえず、落ち着かせないと話も聞けなさそうだ。 「瑞葵ちゃん、ゆっくり深呼吸して。私はいくらでも待つから。落ち着いたら、涙の訳を聞かせてくれる?」 「ふっ、ぐぅ・・・すぅ~・・・はぁ~・・・ひぐっ。ず、ずみません。凪さ、凪さんの声、聞いたら、安心しちゃって」 瑞葵ちゃんがこんな感じになるなんて余程の事だ。私は一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませます。 「あの・・・おねーちゃんが、おねーちゃんが・・・」 「向日葵ちゃんが・・・?」 一瞬の静寂。そして。 「おねーちゃんが・・・爆弾で大怪我して、い、意識が戻らない、って・・・うっ、うぅ・・・」 頭が真っ白になりました。向日葵ちゃんが・・・テロに巻き込まれた?どうして・・・一体何があった? 「ただいま、お兄。・・・お兄?」 玄葉が軽く息を乱しながら帰ってきました。私は余程ひどい顔をしていたのでしょう。玄葉が私を見るなり不安そうな表情に変わります。 「瑞葵ちゃん、今総合病院にいるの?」 「はい・・・」 「分かった、今から行くから待ってて」 電話を切ると、待っていた玄葉に声を掛けます。 「ごめん玄葉、帰って来てすぐで悪いんだけど一緒に総合病院まで行こう。向日葵ちゃんがテロに巻き込まれて意識不明の重体らしいんだ」 「えっ!?じゃ、じゃああの爆発で・・・!」 「爆発?もしかして服屋で?」 「うん、私がお店出て割とすぐに店内で爆発が起きたの。向日葵ちゃん、もしかしたらあの時お店の中にいたんじゃ・・・!」 ありえる。向日葵ちゃんはよく服屋に行くはずだし、それで巻き込まれたんだろう。 「玄葉は怪我とか大丈夫なの?」 「私は店から離れてたから平気。とにかく病院行こう、お兄」 私は玄葉を連れて、総合病院へ急ぎました。 「瑞葵ちゃん!」 「あっ・・・な、凪さん・・・」 病院のロビーでは、瑞葵ちゃんが涙を流しながら私を待っていました。院内では携帯電話禁止だから、病院の公衆電話から私にかけたんだな。瑞葵ちゃんに案内され、向日葵ちゃんがいる病室まで移動します。途中、途切れ途切れに瑞葵ちゃんが現状を説明してくれました。 「おねーちゃん、更衣室の中にいたみたいで、爆風を直接浴びなくて済んだんですけど、更衣室が横倒しになったときに、頭を強く打ったみたいで・・・」 「それで意識が・・・」 病室に着くと、頭に包帯を巻いた痛々しい姿の向日葵ちゃんがベッドに横たわっていました。呼吸は落ち着いており、眠っているだけのように見えますが、頭の怪我となると油断はできません。 「どうして・・・どうしておねーちゃんがこんな目に・・・」 向日葵ちゃんの姿を見て、瑞葵ちゃんがまた泣き出してしまいました。私は瑞葵ちゃんを抱き寄せて、ゆっくり頭を撫でて落ち着かせます。 「瑞葵ちゃん、お父さんは?」 「海外出張に行っているんです。連絡だけはしたんですけど、仕事も残っているし丁度いい飛行機も無いしですぐには戻れないって」 それは不安だろう。こんな状態の瑞葵ちゃんを一人で鈴白家に帰すのは心配です。しかしうちに泊めるのもまずい気がする。不安になった瑞葵ちゃんが温もりを求めて私にすがってきたら、拒絶なんてできません。彼女が弱っているのをいい事に、都合よく抱くような男にはなりたくない。 「瑞葵ちゃん、一人で家にいるのも不安だよね。晶さんに瑞葵ちゃんをしばらく泊めてくれるよう頼んでみようか?ほら、それなら私も隣の家にいるからさ」 「はい・・・お願いします」 一旦瑞葵ちゃんと玄葉を病室に残して、私は廊下の公衆電話から金剛院邸に電話を入れました。晶さんは快く引き受けてくれましたので、私と玄葉は瑞葵ちゃんと一緒に鈴白家に向かい、瑞葵ちゃんのお泊り準備や向日葵ちゃんの入院生活に必要な準備を手伝います。そんなこんなで、金剛院邸に瑞葵ちゃんを送る頃には夜になっていました。 「瑞葵さん、ようこそ金剛院家へ。自分のおうちだと思ってくつろいで下さって結構ですわ」 「ありがとうございます、金剛院さん。しばらくお世話になります。凪さん、玄葉さんも、ありがとうございました」 ここならセキュリティも普通の家より厳重です。私と玄葉は晶さんに頭を下げてお礼を言うと、自宅に戻りました。すると真っ暗なリビングには幽魅が佇んでいます。照明を点けつつ、幽魅に話しかけました。 「幽魅、来てたんだ。ごめん留守にしてて」 「いやいや、急に来た私も悪いしいいよぉ。それよりどうしたの、疲れた顔してるけど」 幽魅はここ数日の爆弾騒ぎ知ってるのかな。どうしよう、紅の事を伏せたままテロリン関係の話をしないといけないぞ。私が考えていると、玄葉がそっと幽魅に問いかけます。 「・・・幽魅さん、昼間に衣料品店にいたでしょう?あの時、一体何をしてたの」 「えっ、そうなの幽魅?」 幽魅は少しばつが悪そうな笑顔。なんだ、このリアクション。 「もしかして知ってたんじゃないの?・・・爆弾の事」 「・・・見られてたかぁ」 違う。これは私の知っている幽魅じゃない。何かがおかしい。 「あの爆発で向日葵ちゃんが大怪我して意識が戻らないの。それだけじゃない、亡くなった人だっていたんだって。病院でそういう話聞いたから。幽魅さん、もし何か知ってるんだったら正直に言って」 「・・・分かったよ。玄葉ちゃん、凪君」 違う。幽魅は私の事を『凪くん』って呼ぶ。何かがおかしい。 「私ね、記憶戻ったんだ。・・・紅に出会って思い出したの」 紅に・・・出会った?出会ってしまって、いた?『絶対に出会わせないようにしてくれ』と江楠さんが言っていたのに。遅かった? 「それも踏まえて話すね。ここ数日、私が何をしていたのかを」 とても知りたくない『ナニカ』が、すぐそこにある。だけどもう、拒むには全てが遅すぎた。