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【バーテンダー】個性的なお隣さん
今日は晶さんと花梨さんの招待でBAR『crystal diamond』に玄葉と一緒に来ています。花梨さんがバーテンダーをして、コマメちゃんが補助についていますね。どうやらコマメちゃんの研修も兼ねているようで、彼女がちゃんとバーテンダーとして給仕ができるかテストするようです。コマメちゃんは高性能AIを搭載しており、色々な経験を積むほどに学習して有能なメイドになっていく訳ですから。 しかしやはりと言うべきか、晶さんの態度が露骨に私を意識しています。私の方をちらちら見ているのですが、目が合うと恥ずかしそうに逸らしてしまうのです。まあ、バスタオル一枚の格好で抱き寄せられた上で耳元で「ママにしてやろうか」なんて囁かれたら無理もないか。そんな私と晶さんの様子を見て、玄葉は「金剛院さんと何かあった?」と耳打ちしてきましたが、言える訳ないのでごまかしました。 「パパ、こちらは金剛院ワイナリーの新作です。正式名称未定ですが品種はピノノワールになります」 コマメちゃんは私に新しいグラスを差し出します。給仕はできるみたいですが、空気読みはまだ苦手なのかな。そんな我々の様子を見かねてか、花梨さんが大きめに声を上げました。 「少し空気が硬いですね。ここは一つ、バーに関するナゾでも解いてみませんか?」 これはいいアプローチかも知れません。何かについて考える事に集中すれば、それ以外の事は意識から外れやすくなりますからね。どんな謎なんだろう。 「では問題です。『ある駅前通りに、二軒のBARが隣り合っていました。オープンした日も同じだったこの二軒は、当然ながらお客さんを取り合うライバル関係。しかしある時、この二軒は手を取り合って新しいサービスを始めました。それは何でしょうか?』という問題です。さあ、考えてみて下さい」 むむ、ライバル店同士が協力して新しいサービスを提供?いったい何だろう。私が考え込んでいると、晶さんがフッと鼻で笑って自信ありげに口を開きました。 「ふふ、桜一文字。それはあまりに容易い問題で可笑しささえ感じますわ。ヘソから火が出てお茶を沸かしてしまいそうです」 「火は出さなくていいです。で、お嬢様の回答は?」 「ズバリ、合作カクテルの開発ですわ。それぞれのお店には、当然特色があり、所属バーテンダーのノウハウもある。経営期間が長くなるにつれて、客層の固定化は進み良く言えば安定、悪く言えばマンネリとなっていく事でしょう。となれば、新メニューの開発は必須となりますが、ただのメニューでは新規顧客は望みにくい。しかしライバル店のノウハウを取り込んだメニューであれば、ライバル店に通っていた客層も興味本位で来店するチャンスが見込めるでしょう。双方ともに新規の顧客にアプローチできるwin-winの事業だからこそ、ライバル同士が手を組んだ。これで決まりですわ!」 成程、一理ありますね。ライバル店とのコラボメニューなんて、実に面白そうです。ちょっと行ってみたくなるかもしれない。しかし花梨さんは両腕で×印を作りました。 「いっちミリもかすってないですね。そんなドヤ顔で間違うとか恥ずかし過ぎません?火が出るのはヘソからじゃなく顔からだったみたいですね」 「きぃーーーーー!!!」 晶さんが顔を真っ赤にして悔しがります。ううん、あれが正解からほど遠いとは、いったいどんなサービスなんだ。 「早渚さんは分かりますか?」 「ううん・・・あ、そうだ。会計時にライバル店のクーポンを発行するとかはどうですかね。それなら二つのBARに交互に行く感じになって活発化しないかなって」 「外れですねー。普通に自分の店のクーポンでいいじゃないですか。第一、BARのお客さんはお店の雰囲気を気に入ってくれる人が多いので、一回ごとにライバル店を挟むのは逆に嫌になるんじゃないですかね?」 言われてみればそうだ。困ったな、何も思いつかないぞ。 「・・・ソロモン出版『なぞなぞ大全7200』352ページ」 「!」 玄葉がそっと口を開くと、花梨さんが玄葉の方を驚いたように見ました。 「金剛院さんもお兄も難しく考えすぎ。桜一文字さん、その問題の答えは『床屋』、つまり散髪サービスでしょう。理由はBARが二軒並んで『バーバー』だから」 ・・・ああ、成程。そうか、これ問題っていうかなぞなぞだったのか。確かに花梨さん、ナゾって言ってたもんな。 「・・・玄葉さん、正解です。ていうか、掲載してある本とかページまで出てくるってどういう事ですか!?」 「あー、玄葉の能力です。玄葉は一回読んだ本は絶対に忘れないので、頭の中の本棚からいつでも取り出して脳内で読書できるんです」 「「ええー!?」」 晶さんも花梨さんもびっくりしてます。やっぱり普通じゃないんだよな、この『玄葉の本棚』。 「何ですのそれ!もはやコンピュータですわ!」 「暗記物の試験とか無敵じゃないですか!ずるいですよ!」 すっかり玄葉が場の中心になってしまった。きゃいきゃい騒ぐ女性陣を尻目に、私は一人ワイングラスを傾けます。それを見ながらコマメちゃんが小首をかしげました。 「パパ、バーテンダーにはなぞなぞの知識が必要なのでしょうか?」 「いや、必須ではないかな。なぞなぞ覚えるよりお酒の知識を身に着けた方がいいよ」 「そうですよね」 今更だけど、コマメちゃんの教育の場にするには私の周りの人間ってみんな個性的すぎるんじゃないかなぁ。