テロリンと紅について（前編）

「済まないねェ、わざわざ時間を取ってもらって」 私たちを呼び出した江楠さんが真剣な面持ちで切り出します。今、私と玄葉は金剛院邸に来ており、晶さんや花梨さんと一緒に江楠さんの話を聞くところです。 「話というのは他でもない。先日、この町の公園において爆発騒ぎが起きたのは知っているね？その事について君たちに伝えなければならない事がある」 確かに、先日公園で突如爆発事故が起きたと聞きました。どうやら何者かが爆発物を仕掛けたようですが、それが何故か公園上空で爆発し、奇跡的に人的被害が出なかったとも聞いています。 「あれは国際テロ組織『テロリン』の仕業だ。金剛院サンと桜一文字サンには因縁のある組織・・・そうだろう？」 「ええ。まさかとは思いましたが、やはりそうでしたのね・・・」 「奴らが・・・また」 晶さんの顔は怖いくらい真剣で、花梨さんも表情がこわばっています。花梨さんの桜一文字家が衰退した原因を作ったテロ組織。そして、江楠さんが戦い続けている敵。それがテロリンだったはずです。 「テロリンが世界各地で破壊工作をやるのは今に始まった事じゃないが、今回は中でもかなり厄介だ。爆発のあったタイミングで、紅（ホン）と思しき人物が公園内で目撃されているんだよ」 「何者ですか、その紅というのは？」 私が江楠さんに尋ねると、江楠さんは少し考えるような素振りを見せました。 「一度テロリンと紅について、しっかり説明しておいた方が良さそうだねェ。早渚兄妹は今までテロリンについて詳しく調べた事とかは無いんだろ？」 私と玄葉は顔を見合わせて、その後江楠さんに肯定の頷きを返しました。江楠さんは椅子に座り直し、話を整理しているようです。 「よし、まずは国際テロ組織テロリンについておさらいしよう。奴らの前身は中東の武装組織だと言われているが、今から30年ほど前にオジムという者が指導者として君臨した。それ以来、組織は拡大を始めたようだ。テロリンという名前が流布されるのはもう少し後の事だが、ここが事実上のテロリン誕生と言っていいだろう。そして現在にいたるまで、オジムは指導者であり続けている。無骨なガスマスクと宇宙服じみたコートで、素肌や髪などあらゆる体の部位を外気に晒さないような出で立ちをしている身長2m近い巨漢だ。まれに合成音声を使って声明を発表しているから、ニュースで見た事があるかも知れんがね」 残念ながらちょっと見覚えはありませんが、イメージはつきます。もし目の前にいたらすごい威圧感でしょう。 「で、テロリンの目的だがね。思想はいろいろあるんだが、目的は『人類の滅亡』で統一されているよ」 「えっ！？じ、人類滅亡ですか！？」 テロリンが中東発祥の武装テロ組織ってところまでは知っていましたが、そんな目的があったなんて。普通のテロ組織と言えば、『反米』とかみたいに国や宗教を敵視しているものなのに、人類全てが標的って事はテロリン自身も攻撃対象って事になるのか？意味が分からない。 「そう、人類滅亡だ。テロリンの思想は様々なものがあるが、大きく分けると『粛清派』『救済派』の二つに分類される。粛清派は、『自分たちが苦しい現実を生きているのは、神様のせいでも世界のせいでもない。人間社会のせいだ。そしてこんな歪んだ社会を作ったのは愚かな先人たちだ。それを引き継いでいる現代人も同罪。よって全ての人間を抹殺し、間違った社会をこの世界から消し去ってやる』という感じの思想。要するに日々のストレスを周囲のせいにして当たり散らかすタイプの考え方だ」 「最悪に迷惑な連中ですね・・・もう一つの救済派っていうのは？」 「こちらはある意味もっと迷惑だぞ。『こんなに苦しい現実を生きるのは耐えられない。だから自殺しようと思うけど、せっかくの命をただ捨てるなんてもったいない。どうせなら、同じように苦しい毎日を生きている人たちを一人でも多く人生から解放してあげたい。そのためには自爆テロ行為でなるべく多くの人を巻き込んでしまうのがいいだろう』という考え方でねェ。自分たちは人助けをしている高尚な精神の持ち主だと思っているサイコ野郎ばかりだから、破壊活動に一切の躊躇がないんだ。テロリンが自爆テロをした場合、ほとんどの場合で工作員は救済派に属している」 余計なお世話が過ぎる。毎日を幸せに暮らしている人たちだっているのに、どうしてそんな当たり前のことさえ分からないんだ。 「結局人間というのはエゴイストなのさ。理性がある分欲求を抑制できるだけで、動物と変わらないよ。行動の根底にあるのは自己の欲求だからね。そしてその自分の欲求『苦しい現実から逃げたい』を最優先させた結果としてテロ行為に行きついたのがテロリンの構成員なのさ。いっそ彼らの内輪だけで全滅してくれれば平和なんだが、そこにも大きな問題がある」 「まだ何かあるんですか」 「テロリンの工作員は普通のテロ組織とそう変わらないんだが、困った事にテロリンを崇拝する賛同者が割といるんだよ。彼らは自らを『国際テロ組織支援団体テロリンク』と名乗って活動している。活動内容はテロリンへの資金・物資の援助がメインだ。普通の人々の中にもたくさんいる『今の現実に不満を抱いている人たち』に声を掛けて募金を集めたりテロリンクに加入させたりして活動を維持しているようだ。もちろん、表立って『テロ組織の援助をしてます』なんて言う奴はいないだろうから表面化してないが、サブスクみたいな軽い気持ちでテロリンに援助をしてしまう奴らは確かにいるんだよ。結果としてテロリンは息切れを起こさないまま破壊活動を継続しやすい状況にあり、息切れしないから内乱も起きない」 そんな馬鹿な、とも思いましたが、ありえない話ではないかも知れません。周りに言うと非難されて炎上するから言わないけど、事故や災害のようなショッキングなニュースを見るとワクワクする人だっているようだし、どこか『自分だけは大丈夫』と思って退屈な日常に刺激的なスパイスを投入するつもりで援助をしてしまう人がいる可能性はありそうです。 「そういう訳で、今日もテロリンは元気に人類を滅ぼすために頑張っているという訳さ。さて、次は紅について説明するか。紅はテロリンの幹部だ。最凶の破壊工作員と言っても良い」 「これまでの話からすると、紅は粛清派に属するんですか？」 「どうだかね。そもそも奴は思想が無いように思える。現実に不満があるとかじゃなく、ただ『やれるからやってる』くらいの感じだ。まるで『そうだ、帰り道でコンビニに寄ろうかな』くらいの気安さで、奴は人殺しをする男だぞ」 ぞっとしました。そんなの、無差別殺人よりよっぽどタチが悪い。殺意も何もなく『やっちゃお』くらいで殺されたらたまったものじゃない。 ※後編へ続きます