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【梅雨入り】コマメちゃんの下校見守り活動
雨の降る午後、車通りのある道を歩いていた私は交差点で見知った顔を見つけました。 「あれ、コマメちゃん?」 黄色のレインコートを着込んではいますが、あのロボット特有の動き方は間違いありません。横断歩道の傍に立っていたコマメちゃんは私を見つけると、ぺこりと頭を下げてきます。 「こんにちは、パパ。お仕事帰りですか。お疲れ様です」 「ありがとう。コマメちゃんは何をしているの?」 と、その時下校中の小学生グループが交差点にやってきました。歩行者信号が青に変わります。 「ピピー。接近車両なし。どうぞ手を挙げて渡って下さい」 コマメちゃんが進み出て持っていた棒(横断旗とか言うんでしたっけ?)を横に伸ばし、小学生たちを横断させます。なるほど、地域の見守り活動か。よく見れば反対側にも一人、大人が立っている様子です。 「このように、下校中の小学生を見守る活動に参加しております。梅雨入りしたこの時期はドライバーにとって視界が悪い事が多く、また路面が濡れておりブレーキの制動距離が大きく伸びます。少しでも危険を減らせればと思い参加しました」 「とてもいい事だね。自慢の娘だ、パパは嬉しいよ」 以前は花梨さんの指示に従ってメイド業をこなしていたコマメちゃんが、自発的に地域ボランティアに参加したいと考えるようになるなんて、AIの成長速度が目覚ましいなぁ。 「じゃあその可愛いレインコートは防水のために着てるのかな」 「はい。コマメは自重及びアームパワーによって風速30mまでは傘を安定して保持できますが、見守り活動の際は横断旗も手に持つため、もう片方の手が自由に使える方が対処しやすいと判断しました」 コマメちゃんはロボットだから、水濡れは天敵です。普段仕事で濡れやすい手足はちゃんと防水仕様らしいのですが、体の方はわりと隙だらけだとか。人工皮膚を張り替えればお風呂にも入れる仕様にはなってるそうですが、張り替えには時間もコストもかかるんですって。 そんな話をしていたら、次の小学生グループがやって来ました。赤信号なので、飛び出したりしないように注意を払いつつ信号が変わるのを待っているコマメちゃん。 「ピピー。接近車両なし。どうぞ手を挙げて渡って下さい」 傘を差した小学生たちはきゃいきゃいと話しながら横断していきます。皆がちゃんと渡り終えたのを確認し、コマメちゃんは歩道のエリアに戻ります。と。 「あっ」 不意に強風が吹き、一人の子供の傘が飛ばされて横断歩道内に転がりました。その子は急いで傘に駆け寄りますが、既に歩行者信号は赤。 「危ない!」 向こう側の大人や私、コマメちゃんが大きな声で叫びますが、時すでに遅し。走り出した車の一台が、その子に突っ込んでいきました。 『ギャリリリリリ!』 激しいブレーキ音と車のタイヤが路面を擦る音が入り混じった、心臓に悪い音が響きました。跳ね飛ばされた傘が宙を舞い、コマメちゃんの足元にぽすっと軽い音を立てて落ちます。 「ふぅ、間一髪といったところですね」 「えっ!?」 私が振り向くと、さっきの子供を連れた花梨さんが立っていました。まさか、あの瞬間に飛び込んで救出してきたとでも言うのでしょうか。 「やっぱり、咄嗟の時の動作速度には難がありますね。警護系統の仕事のようなイレギュラーが起きやすい仕事はまだ無理か」 「花梨先輩、ありがとうございます」 いやいや、今のは花梨さんの反応速度の方がおかしいって。そもそも目に見える範囲にいなかったのにどうやって間に合ったんだ。 「早渚さん、お疲れのところ申し訳ないんですけど、次の青信号でこの子をあっちに連れて行ってもらえますか。今はちょっと一人で横断歩道渡れないと思うので」 「あ、はい」 花梨さんに助けられた子は、車に轢かれかけたショックで静かにぽろぽろと泣いていました。私はその子の目線までしゃがみこみ、落ち着くように優しく声を掛けてから手を繋いで青信号を渡ります。お友達が心配そうに駆け寄り、涙目のその子を励ますように肩を抱いたり手を繋いだりして帰っていきました。 「ピピー。コマメは未熟者です・・・」 私がコマメちゃんのところに戻ると、落ち込んだ様子のコマメちゃん。花梨さんの姿はもうありませんでした。 「大丈夫だよコマメちゃん、私もあっちの人も反応できてなかったでしょ。花梨さんみたいにやろうとするんじゃなくて、自分に出来る事で対応すればいいんだよ。例えば、さっきみたいに急に引き返す子がいるかもしれないから、渡り終わったと思っても油断しないで見守るとかさ」 「はい・・・」 うーん、もう一声必要かな。 「大体花梨さんみたいな事が出来る人なんて普通いないって。あんな動きにくいメイド服で目にも留まらない速さで飛び込んできて子供一人抱えて脱出するとか普通の人間には不可能だよ。もしコマメちゃんがそんな事出来たら逆に怖いよ。ドン引きだね」 「ピ?パパ、いいのですか?その言い方だとパパは花梨先輩の常軌を逸した動きにドン引きしたという風に受け取れますが。後でコマメのログは花梨先輩が確認するという事をお忘れではありませんか?また花梨先輩を怒らせてしまいそうだと判断します」 やっば。うっかりしてた。 「コマメちゃん、ログを一部だけ消すとか改変するとかできないかな?」 「申し訳ありません、その機能は実装されておりません」 詰んだ。次に花梨さんに会った時、絶対塩対応される。私はがっくりと肩を落としながら家へ帰っていくのでした。