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習作
エルフの冒険~水晶といちごの誘惑~ 「そこ、もうちょっと右に寄ってみなさいってば!」 銀色に光る長い耳をふわふわ揺らしながら、ルミナ・エルファーナは大声で呼びかける。彼女の足元には、ちょっとばかり不機嫌そうなドワーフのゴルドが腕を組んだまま立っている。 「おいルミナ、向こうに行くのはいいが、俺に荷物を持たせておいて自分は楽を…」 「いいじゃない。だってゴルドは力持ちだし、その分おひげも立派でしょ?」 ゴルドが口を尖らせかかるところを、ルミナはひらりと手を振って制した。彼女の腕にはみっちりリアルなアルバムが挟まっている。「今日は絶対に写真をいっぱい撮るんだから!」 ――一行が向かっていたのは、エルフ族には珍しいほど町の中心地にある駅ビルの近くの広場だった。昔ながらの趣きを残す石畳のスペースには、エルフたちがちまちまと集まり、季節の花々を眺めたり軽く食事をとったりしている。 ルミナはさっそく広場の端から端まで、まるで小鳥のように飛び跳ねるように歩き回った。まぶしげな眼差しであれこれと見渡す姿は、周囲のエルフから少し浮いている。いや、かなり浮いている。 「ねえねえ、見てよあの人!」 ルミナが指差したのは、水晶を手にしたローブ姿のエルフの占い師。この広場の名物らしく、道行く人に占いをしながら軽い雑談もしている。 「きっとあの人、私の運命的な恋とか、人生の輝かしい先行きとか全部見通してくれるんだわ!」 ゴルドはあからさまに呆れた顔でぼそりとつぶやく。 「占いなら前にもやってたろ? あん時二度とやらないとか言ってただろうが」 「…この場合は別なの! あの輝き! それってまるで…そう、『いちごは人生だよ。恋と一緒だな』――的な?」 「そのたとえ一切ピンとこねえぞ? というか、その台詞ここで出すんじゃねえよ」 ルミナはキラキラとした目で手を合わせ、完全に自分の世界へ突入している。周囲のエルフたちと比べると、なにやら浮かれ方がすごい。ゴルドはやれやれとばかりに肩をすくめ、せっせと彼女の荷物を担ぎ直す。 さて、気の高ぶったルミナは、いつの間にか占い師のそばまで行き、興味深そうに水晶を覗き込んでいた。 「ねえ、その水晶の中って、私の将来どう見えてるの? 私は果たして伝説の女戦士になって、国中に名を轟かせるのかな?」 水晶を持ったエルフの占い師は柔らかい声で応じる。 「おやおや、実に楽しそうなオーラをお持ちですね。あなた、人生は波乱万丈ですね」 「いいじゃない、波乱上等! 私は刺激がないと生きていけないタイプなのよ」 「……いや、そういう意味じゃないんだけどね」 ゴルドが小声で突っ込んだ。「冗談、顔だけにしろよ」と。 ルミナはまったく気にすることなく、占い師の水晶をさらに近くからのぞき込む。すると、占い師は小さく息をついた後に、ぽつりとささやく。 「あなた、意外にも仲間を大切にしますね。特にそのドワーフとは相性が悪いようでいて、ちゃんと隣で支えてくれています」 「えっ!」 ルミナはふと息をのんでゴルドの方を振り返った。するとゴルドも気まずそうに目をそらす。しかしすぐに、ルミナは笑みを浮かべる。 「ふふん、そりゃそうよ。あいつは…なんていうか、ちょっとだけ使えるから?」 ゴルドは険しい顔をしながら「使えるとはなんだ!」と抗議しようとしたが、ルミナのいたずらっぽい笑顔に言葉を失う。「まあ、なんだかんだでお前を放っておけねえんだよ」などと口の中でつぶやくのが精一杯だ。 広場を満喫したルミナとゴルドは、次なる目的地として近くの花壇へ向かう。そこは地元のエルフたちが手入れをしたカラフルな花が咲きそろう絶好の撮影スポット。 「はい、じゃあゴルド、そこに立って!」 「いや、なんで俺が主役みたいに…」 「いいから! 私がいま、最高のアングルで撮ってあげるから」 ルミナはアルバムを大事そうに携えているが、今日のメインカメラは最新式の魔法撮影機。ファインダーをのぞき込むと、花壇の前で記念撮影しようとするゴルドの照れくさそうな姿がバッチリと映っている。 「ほら、笑って笑って! …って、なによ、その微妙なおヒゲ顔は」 「誰のせいだよ…」 ルミナはそんなゴルドをからかい半分にシャッターを切る。そして二人そろって、花壇の前で記念撮影。カシャッという音が響くたびに、二人の関係を象徴する微妙な空気が写真に刻まれていくように感じられた。 ひと段落したところで、ルミナはソワソワと落ち着きがなくなる。どうやら次に向かう場所が気になっているようだ。「どうせまた甘いものか?」とゴルドが呆れ気味に尋ねると、彼女は満面の笑みでうなずいた。 ルミナが向かった先は駅ビル内の小さな露店で、そこではエルフたちが摘みたての果実を販売している。その中でも特に人気なのが甘酸っぱいいちご。いちごを食べるエルフがあちこちにいて、口元を赤く染めて幸せそうな表情を浮かべている。 「このいちご、大きいわ! そして見るからにジューシー!」 ルミナはまるで宝物を前にした子どものように飛び跳ね、小ぶりのバスケットにいちごを詰め込み始める。隣でゴルドが「お前、本当にいくつ買うんだ」と突っ込むも、ルミナはまったく耳を貸さない。するとたちまち、その場でひと粒ぱくり。 「あー甘い! 甘いって幸せだね!」 「まったく、どこまでマイペースなんだか…」 呆れたゴルドが横目で見下ろすと、勝手に先を行くルミナ。それでもなぜか、ゴルドは重い荷物を背負いながらも後を追っていく。 こうして食いしん坊エルフのルミナと、相棒のドワーフ・ゴルドの小競り合いは絶えないまま旅はいったん小休止。二人は故郷へ向けて移動を開始する。やがて見えてきたのは、森の奥深くにあるエルフの村だ。懐かしい香りと、そこここで聞こえる透明感ある笑い声。 村の入口では、エルフの村で笑顔のエルフたちが、帰郷したルミナを温かく迎えてくれる。ルミナは大はしゃぎで「ただいまー!」と両手を振った。ゴルドもぶっきらぼうながら、少し恥ずかしそうに頭をぺこりと下げる。 すると笑顔の長老が声をかける。「ルミナ、お前はすっかり旅慣れた顔になったのう。どうだ、活躍しておるか?」 ルミナはそれを聞くや深くうなずいて、自信たっぷりに胸を張った。 「当然よ! 私、なにせ伝説の女戦士になる途中なんだから!」 ゴルドはこっそり肩を落とし、ひそひそ声でつぶやく。「いつ伝説になるんだか。ま、こんだけ元気なら、そのうちなるかもな」 そんな他愛ない言葉のやりとりをしつつ、ルミナとゴルドは村の中央へと進む。仲が悪いわけではない、いや、悪いんだが、なんだかんだで互いを支え合っている。彼らの旅の物語は、まだまだ終わりそうにない。 エルフの森に夜の帳が優しく降り、星々が悠遠なる天頂でさざめき始めるころ。遠くの梢が微かな風に揺れ、葉擦れの音が静かに紡ぎ出す調べが、ルミナとゴルドの疲れた心を溶かしていきます。