1 / 20
彷徨える花束と競争論の狭間に――万象に潜む美学の落とし穴――
花屋の店先に、思わず目を引くエルフの女が立っていた。耳が尖っていること以外は、ごく普通の人間のように見えるが、その腕に抱かれた花束は尋常ではないほど色とりどりだ。花びらひとつひとつが小さな宝石を散りばめたようにきらめいている。その様子を店の奥からぼんやり眺めていたのは、この界隈ではそこそこ有名なリーマンの俺だ。 「おい、お姉さん! その花束、めちゃくちゃ豪華じゃない?」 声をかけた瞬間、エルフの女は驚いた顔をして体をこちらへ向けた。まるで何か神聖なモノを横取りされるんじゃないかと警戒しているみたいだ。 「……きれいですね。やっぱり最高級の花なんですか?」 俺は彼女の返事など待たずに、ずいっと近づいて花束をのぞき込む。花びらを指先でつつきそうになるのを見て、エルフの女は焦った声をあげた。 「触らないでください。これは選ばれた花たちが集まっているんです。きっと、熾烈な競争を勝ち抜いた子ばかりですよ」 俺はそこでふいに、実家の花屋の情景を思い出した。俺の家、実は花屋なのだ。平日は会社員をやっているが、休日には実家を手伝うこともある。そこでは花の良し悪しで値段が天と地ほど変わる厳しい世界が広がっていた。 「選抜に漏れた花が、畑の片隅に土と一緒に捨てられることなんてしょっちゅうだよな。でも俺から見れば、どれも大差なく綺麗なんだけどな」 聞こえていたのか、エルフの女は寂しそうに目を伏せた。 「でも、それが現実でしょう? 輝ける者と、そうでない者がいて、選ばれた花だけが店先で胸を張れるんです」 近くにいた幼馴染みのシイナが口を挟んできた。彼女も同じく実家が花農家で、こっちはしっかり者の優等生タイプだ。 「毎度毎度、競争に負けた子たちを前に無茶ばっかりしないでよ。あなた、いつも“自分が気になればそれでいい”っていうノリだから困るのよ」 俺はむっとした顔でカウンターを軽く叩く。 「俺は正直者なだけだよ。世の中、花束は人生だよ。恋と一緒だな」 そこまで言いきったところで、シイナが小声で呟く。 「冗談、顔だけにしろよ…」 エルフの女はそんな俺たちのやり取りを面白そうに眺めていた。 「そういう考え方も、嫌いじゃありません。私の世界でも“優れた者だけが生き残る”というのは同じですから。でも、あなたたちのおかげで、気がラクになりました」 そう言って微笑むと、彼女は花束をぎゅっと抱きしめる。輝く花々はひときわ美しさを増したようにさえ見えた。 店先に並ぶ色とりどりの花たち。見栄えがいいものは高値で並べられるが、そうでない花は儚く畑へと返される。それを「仕方のないことだ」と割り切れない俺は、さんざんシイナに説教されても、しばしば売れ残りの花を持ち帰っては部屋に飾る。俺はいつだって「気に入ったならOK」くらいのノリなのだ。 エルフの女は名残惜しそうに花屋を後にするが、その足取りはどこか軽やかだ。シイナは呆れ顔のまま、ため息をつきながら俺を見上げる。 「でもね、あんたがそうやってバカ正直に振る舞ってると、周りを巻き込むんだから」 「まあまあ、いいじゃないか。そのうちなんとかなるって」 俺は飾るでもなく、ぴょんと飛び上がる気分でシイナに声をかける。今日も競争に負けた花が山ほどある。そんな世の中であっても、俺は俺のペースで楽しみたい。それがたとえわがままだと言われても、やりたいようにやるのが俺の流儀だ。 夜霧が薄蒼いヴェールを街にかけはじめた頃、空には無数の星が瞬いておりました。白銀の月影は小さな花びらの上に印象的なひとすじの光を落とし、やがて通りを吹き抜ける風が、遠くの森へと柔らかく流れていきます。見上げれば、雲は悠々とその姿を変えながら、希望という名の新しい幕開けを静かに告げているようです。くぐもった街灯の明かりが花屋の花たちを一枚の絵画に変え、世界をどこまでも広がる夢で満たすかのよう。その瞬間に放たれるきらめきは、誰をも優しく包み込む夜の交響曲なのでございます。