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カタツムリ・ラプソディ ~エルフと殻の王子~
村の中心に立つ大きな木の下、エルフの女戦士、リュミナは今日も村人たちから浮いていた。理由は簡単、彼女が村一番の変わり者だからだ。 「剣はスープみたいなもんだよ。恋と一緒だな」と、昼間から意味不明なことを呟きながら、リュミナは村の外れに向かう。彼女の唯一の友達に会うためだ。友達といっても、村人ではない。彼女だけが知る秘密の存在――巨大なカタツムリ、ガストンだ。 「やあ、リュミナ。今日も変な顔してるね」 「それは誉め言葉だよ、ガストン。恋と一緒だな」 リュミナとガストンが並んで座るのは、苔むした倒木の上。カタツムリの殻は、やや苔が生えてツヤツヤしている。リュミナはガストンの殻にそっと触れ、ため息をついた。 「ガストン、村は退屈だよ。みんな、おしゃべりしてもすぐにどこか行っちゃう」 「君の話は、みんなには少し難しいのさ」 「難しい?私は簡単だよ。恋と一緒だな」 「……冗談、顔だけにしろよ」 二人だけの時間は、リュミナの癒しだった。ガストンの話すゆっくりとした言葉、殻の中でこっそりと用意されたおやつのキノコ。何もかもが心地よかった。 だが、ある日。その静かな日常が崩れる。 「モンスターだ!村の外れに巨大なカタツムリが出たぞ!」 村の戦士たちが剣や槍を持ち、ガストンの元に駆けつけた。彼らの目は血走り、恐怖と興奮が入り混じっていた。 「やめろ!そのカタツムリは私の友達だ!」 「なぜ助ける?!」 リュミナは戦士たちの前に立ちふさがった。彼女の手には剣が握られていたが、戦うためではなく、守るために。 「カタツムリはキノコしか食べないよ。恋と一緒だな!」 「……冗談、顔だけにしろよ」 押し問答の末、リュミナの必死の説得とガストンの大きな涙(殻の隙間からポタポタ)に、戦士たちはしぶしぶ引き下がった。 「リュミナ……」 ガストンが、青緑色の目を潤ませながらリュミナを見つめる。 「どうしたの、ガストン?キノコ食べすぎた?」 「違う……。俺と、結婚してくれ」 一瞬、リュミナは固まった。カタツムリとの結婚なんて、考えたこともなかった。でも、彼は唯一無二の友達だ。 少し考え込んだ後、リュミナはうなずいた。 「いいよ」 すると、カタツムリの殻が輝き始め、ガストンの身体がぐにゃりと揺れる。次の瞬間、目の前に立っていたのは、麗しい銀髪の王子だった。 「実は僕、呪いでカタツムリにされていたんだ。リュミナの優しさで呪いが解けたよ」 「……うーん、でもね、私はカタツムリのガストンが好きだったんだよ。恋と一緒だな」 「……冗談、顔だけにしろよ」 王子となったガストンは、しばし呆然としたが、やがて微笑んだ。 「なら、もう一度呪いをかけてもらうしかないね」 王子は魔法使いを呼び出し、再びカタツムリの姿へ。リュミナは満面の笑みで彼の殻をなでた。 「これでいいんだよ、ガストン」 「……君は本当に不思議だな」 こうして、リュミナとカタツムリのガストンは、王国の城へ向かうことになった。 「背中に乗って。城まで送るよ」 「カタツムリの背中は、恋の絨毯だね。恋と一緒だな」 二人が城門に近づくと、白銀の鎧をまとった門番が彼らを一目見るなり、叫び声をあげて逃げ出した。 「失敬だな…」 「無理もない反応ね」 門は無人となり、彼らは悠々と城に入った。やがて、王の間の大扉が開く。 「父上、ただいま」 「何だ、その姿は……キモッ!」 「カタツムリです。リュミナと結婚します」 王と女王はあまりの衝撃に言葉を失ったが、息子の熱意と、リュミナの堂々たる態度を前に、渋々認めるしかなかった。 「まあ、好きにしなさい……」 「殻の厚さは、愛の深さだよ。恋と一緒だな」 こうして、王子ガストン(カタツムリのまま)と、エルフの女戦士リュミナの奇妙な結婚生活が始まったのだった。 夜の帳が王国の空に降り、星々は静かに瞬きをはじめます。広大な城の屋根に、カタツムリの殻が鈍い銀色の光を返し、リュミナの耳はそよぐ夜風に揺れています。カタツムリとエルフ――その不思議な絆は、森の奥の梢を撫で、雲の流れに身をゆだねて、やがて月光に照らされた王国の夢となるのです。すべては、恋と一緒――奇妙で愉快な愛の物語が、今宵も静かに続いていくのでございます。