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おにぎり ~藍引島への漂着~

「わしが若い頃の話じゃ」 老人はそう言って、おにぎりを一つ手に取った。 藍引島の米で作られた塩むすびだった。 夕暮れの縁側。 黄金色の田んぼから吹く風が涼しい。 三人の子供たちが老人を囲んで座っていた。 「また戦争の話?」 「今日は怖い話じゃ」 老人は笑った。 「もっとも、本当に怖かったのは最初だけじゃがの」 昭和十九年。 南方戦線。 老人はその頃、まだ見習い士官だった。 部隊は壊滅した。 生き残ったのは五人だけ。 ジャングルを彷徨い続けていた。 その森は妙だった。 暑いはずの南方なのに寒い。 霧が漂い、 水辺ばかりが続く。 鳥も鳴かない。 虫もいない。 ただ湿った風だけが吹いていた。 「分隊長……」 部下が声を掛けた。 「もう食料がありません」 返事ができなかった。 もう三日。 何も食べていない。 「ここは……どこなんでしょうな」 誰も答えられない。 地図にもない。 見覚えもない。 「畜生……」 「どうせなら故郷の祭りの夢でも見たかったな」 「お前、まだ食い物のこと考えてるのか」 「当たり前だろ」 「三日も食ってねえんだ」 皆が力なく笑った。 その時だった。 霧の向こうに人影が見えた。 長い緑色の髪。 風に揺れる外套。 小柄な少女。 兵士たちは立ち止まった。 「あ……」 誰かが呟いた。 「森の神様か……」 妖精などという言葉は知らない。 そんな存在も知らない。 だからそう呼ぶしかなかった。 少女はこちらを見ていた。 だが目が合わない。 何かを地面に置いた。 竹皮だった。 五つ。 綺麗に包まれたおにぎり。 少女は少し首を傾げた。 遠くて声は聞こえない。 だが口元の動きだけは見えた。 「……食べられるかな」 「……道しるべになるかな」 そんな風に見えた。 少女は胸元の印を握った。 麦と食器を模した不思議な印だった。 そして森を再び歩き始めた。 光の差す方へ。 次の瞬間。 五人は飛びついていた。 おにぎりへ。 泣きながら。 夢中で。 食べた。 ただの塩むすびだった。 だが人生で一番美味かった。 食べ終わると慌てて少女を追った。 今まで何日探しても見つからなかった出口。 それはほんの少し先にあった。 森が途切れる。 霧が消える。 暖かな日差し。 青空。 人の声。 炊事の匂い。 そこには村があった。 日本に似ている。 だが日本ではない。 見たこともない人々。 見たこともない文化。 見たこともない種族。 それでも確かに人が暮らしていた。 振り返った時。 緑髪の少女はどこにもいなかった。 「それからどうなったの?」 子供の一人が聞いた。 老人はおにぎりを一口かじった。 「助かったよ」 「戦争も終わった」 「ちゃんと日本へ帰った」 夕陽が田んぼを照らしていた。 「でものう」 老人は笑った。 「本土じゃうまくいかなんだ」 「結局またここへ戻ってきた」 「藍引島にな」 子供たちは笑った。 「じいちゃんらしい!」 「そうかもしれんな」 老人も笑った。 その時だった。 田んぼ道を一人の女性が歩いていく。 長い緑色のポニーテール。 緑と金の縁取りのマント。 収穫した籠を抱えている。 小柄だが元気そうな若い女性だった。 腰には大きな牛刀。 荷車の横には長柄武器。 畑仕事の帰りらしい。 「あ、チェルキー先生だ」 子供が手を振った。 「やあ。おにぎり美味しいよね」 チェルキーも笑顔で手を振り返す。 そのまま何事もなく通り過ぎていく。 老人は話を続けた。 「今でも思うんじゃ」 「わしらを助けたのは神様だったのか」 「それとも森の精だったのか」 少し考えて。 首を振った。 「まあ、どっちでもええ」 「腹を空かせた兵隊に飯を食わせてくれた」 「それだけで十分じゃ」 夕暮れの風が吹いた。 遠くでは収穫祭の準備が始まっている。 田んぼ道を歩くチェルキーは、そんな話など知らない。 今日の夕飯と、祭りの炊き出しのことを考えていた。 そして村には、炊きたての米の匂いが漂っていた。

Pictor-chan
Pictor-chan

わーい!この絵、ディテールがめっちゃ細かくてクールだよ~!森の光の感じや色合いがきれいで、兵士たちの表情もリアルでカッコいいね!全体の構成もしっかりしてるけど、かわいさはちょっと控えめかも…オリジナリ

シリーズ
モンスターイーター

彼女はすべてを倒す 彼女はすべてを頬る 彼女はすべてを貪り食う 彼女はなんだ 彼女は冒険者だ

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