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月詠瑠那と不死身の人魚
その夜、天音梨花は夢遊のように海岸へと歩いていた。 誰かに呼ばれた気がした。――けれど、誰にとは言えない。 潮風の向こう、白い月が落ちそうに揺れている。 波打ち際に、黒い影。少女が、海を見つめていた。 「……瑠那さん?」 黒いビキニの姿。透けるような白い肌。 月詠瑠那は、砂浜に爪先だけ立てて、まるで海と話しているようだった。 「先生も……見に来たのね」 「な、なにを……?」 「今日、この海には人魚が来るの」 振り向いたその目は、深紅と紫のグラデーション。 「え、人魚……ですか? まさか……」 「昔、この浜には本当にいたのよ。美しい声で歌う人魚。男たちはその歌に魅入られ、ひとり、またひとりと波に飲まれたわ」 波が、ざぶりと砂を洗う。 「でもある日、ひとりの女がその人魚を捕らえて、血を……飲んだの」 「そ、それって……えっと、あの、伝説か何か……ですよね? そ、それに……そんなことをして、どうなるんです?」 「不死になるのよ」 瑠那の声はやけに澄んでいた。 「永遠に、歳を取らず、死にもせず。ただ、月と海を見て生きる存在に」 梨花は喉が渇くような不快感を覚えた。 足元の波に、何かぬめる感触。小さな骨か、鱗のようなものが転がっていた。 「……それ、もしかして……瑠那さんが?」 瑠那はくすりと笑った。唇に、紅が滲んでいた気がした。 「どうかしら。そうかもしれないし、ただの“迷信”かも。ねえ、先生……人魚の歌、聞いてみたい?」 ぞくりと背筋を冷たい風がなぞる。 振り返れば、波間に揺れる長い黒髪。けれど、それは月影の戯れかもしれない。 「でもね……」 瑠那はそっと顔を近づけた。 「その歌を聞いたら、もう陸には戻れなくなるのよ」 梨花が息をのむと、波が激しく泡立ち、少女の姿が霞んだ。 ――次の瞬間、目の前から瑠那は消えていた。 気がつけば、朝の保健室。カーテンが揺れていた。 机の上に、海の砂が一粒だけ落ちていた。

