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重力を超えて、我ら陸軍は宇宙へ
深夜の兵舎私室。安物のラジカセのようなスピーカーから、劇的な音楽と熱いセリフが流れていた。 「シャ〜少佐の部隊が白基地を襲撃!? 重力に飲まれる前に叩くつもりか!!」 テレビ画面には、赤く光る単眼の巨大機甲兵(モビルスーツ)が、大気圏突入中の宇宙戦艦に肉薄する姿。機体は熱の光に包まれながらも、堂々と攻撃を仕掛けていた。 その画面を、食い入るように見つめていたのは、我らがブロント少尉だった。 「ぐぬぬ……なんと……これは許しがたい……!」 額に手を当て、感情を押し殺したように呟く。が、その頬はほんのり紅潮している。興奮を抑えきれていないのは明白だ。 「陸戦部隊でもなしに、宇宙海兵隊だと!? 重力下での降下戦闘を我が帝国自衛陸軍に見せつけるとは……やってくれるニャ!」 「……ニャ。」 「……重力下の降下戦を、ここまで……!?」 ブロント少尉は、目を丸くした。頬がうっすらと紅潮し、拳をギュッと握りしめる。 ベッドの端、黒猫が一匹。まるで自分もガソダムを見守っているかのように静かに座っていた。 「なんということだ……このプロパガンダ、我が帝国陸軍に対する明確な挑戦……!」 その肩に、ふわりと黒猫が飛び乗った。くるりと丸くなって尻尾を揺らしながら、画面を見つめている。口元はへの字に、目は楽しげに細められていた。 喋らぬその仕草が、何より雄弁に「面白くなってきた」と語っていた。 「我が帝国陸軍に、宇宙を制する構想がないと誰が決めたッ!? ……やってやる。降下戦闘の未来を、私が証明してみせる!!」 翌朝。装備品管理室。 「ちょ、ちょっと待ってください少尉、それ本当に必要なんですか……?」 対応していた整備兵の戸惑いをよそに、少尉はガチャガチャと棚をあさっている。 「暴徒鎮圧用の防護スーツを一式! それと、あと顔が隠れるヘルメット。あれば盾も! 要るのだ、これは軍の未来のために!」 「な、何の訓練なんですか、それ……?」 「我が帝国陸軍が、宇宙に出たときの予行演習だッ!!」 整備兵が絶句している間に、ブロント少尉は着替え終え、上機嫌でモデルガン(※BB弾)を肩にかけていた。なぜか下半身は黒のプリーツミニスカートのままで。 「この装備でこそ……我が降下作戦は完成する! もはや陸戦のみでは時代に取り残される。宇宙を制する者は地上を制すのだ!!」 足元では、黒猫が音もなく歩み寄り、スーツを見上げてちょこんと座った。片方の耳だけをピクリと動かして、長い尻尾を優雅に揺らしている。 「ん? 見ておけ、これは新たなる時代の第一歩だぞ!」 そして今、谷あいの鉄橋の上。 「高度100メートル……これだけあれば、5発の着弾は可能ッ!」 ブロント少尉は、背中にゴムロープをつけ、モデルガンを両手に構える。標的は、崖下に設置された5体の木製ターゲット。装備の重量で少しふらつきながらも、口元は自信に満ちていた。 「では、行くぞ!! 帝国宇宙陸軍、模擬降下作戦、開始ッ!!」 ズォン!! ゴムの伸びる音とともに、ブロント少尉が宙に舞う。 「わははははッ!!」 空中で姿勢を保ち、モデルガンの引き金を次々に引く。 パン! パン! パン! パン! パン! 五発。全弾命中。 「ふふふ……百発百中だッ!」 鉄橋の上では、黒猫が高みからその様子を見下ろしていた。長い尻尾をゆらりと揺らしながら、小さくあくびをひとつ。 着地と同時にヘルメットを脱ぎ、勝利の笑みを浮かべるブロント少尉。 「見たか!? 帝国宇宙陸軍はこの通り、空中でも敵を捉えうるッ!」 その背後から。 シュバッ! 「甘いですよ、少尉……!」 冷たい声とともに、空中からの飛び蹴りが突き刺さった。 「ぐわっ!?」 蹴られた拍子にモデルガンを落とし、体が軽く跳ねる。 「富士見軍曹!? いつの間に……ッ!」 「実銃だったら反動で空中姿勢は維持できませんよ! 妄想でビームライフルだなんて……」 「じゃ、じゃあビームライフルを正式装備に……!」 「あるわけないでしょ!!」 ドカッ! 再びのツッコミ蹴りが炸裂し、少尉は砂地に転がる。ヘルメットがコロコロと転がって止まった。 その様子を見て、遠くの茂みで見ていた黒猫が、すっと目を細めていた。まるで——「本日も良き茶番」とでも言いたげに。 重力の下で、今日も帝国自衛陸軍は、未来に向けて(?)訓練を続けるのだった。