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エルフの寿司は風まかせ
スシリア・スノーレイルは、山中のエルフの里で育った戦士だ。自称「正義の剣士」――とはいえ、ただおいしいものを食べたいがために旅をしているという噂もある。今日も彼女は、おいしいと評判の寿司屋「鯖月(さばつき)」に姿を現した。 戸を開けるなり、「さーてと、ここが噂の寿司屋ね。手始めに、巻物全部ちょうだい!」と、一気に大声で注文。大将は驚きつつも、「毎度どうも。お客さん、その細身でそんなに食べられますか?」とやんわり尋ねる。しかし、スシリアは気にする様子もなく、「食べられるかどうかより、食べたいかどうかが大事なんじゃない?」とにっこり。逆らう余地のない雰囲気に、大将は苦笑しながら握り始めた。 寿司が次々と高台に盛られ、スシリアは目を輝かせる。巻物を頬張り、さらにウニやイクラまでどかどかと平らげていく。そこへ、いつの間にか隣に座っていた若いリーマン風の男が鼻を鳴らすようにして声をかけた。 「やれやれ、こんな寿司をありがたがってるようじゃ、エルフの精霊もネタ切れでトホホだな」 突然の失礼な口出しに、スシリアはゆっくりと振り向く。からかうような目のリーマンに向け、「だれだあんた」と素っ気なく言い放つ。 リーマンは背筋を伸ばしてネクタイを直し、「明日もう一度ここに来てください。本物の寿司を見せますよ」と得意げに宣言した。そのとき、カウンターの端から老人が歩み寄り、口の端をゆがめながら言う。 「面白い。見せてもらおうじゃないか」 リーマンは顔色を変え、「お、お前は…」とあたふた。老人が彼に詰め寄り、「昨日はわしを小僧扱いしおって…」とぶつぶつ恨み言を漏らすと、息子に説教する父親のような口調に一変する。どうやら二人の間には古い確執でもあるらしい。 スシリアはあくびをかみ殺す。老人の杖が振り回され、リーマンの扇子が叩きつけられ、一見すると一触即発の様相だ。しかし、二人とも口先だけは妙に理屈をこね合い、「お前なんぞ寿司ネタのくせに」「あんたこそ煮付けにされるだろうが」など、いささか論点がずれた言い合いになっている。 そのやりとりを聞くともなく聞いていたスシリアは、呑気にガリをぽりぽりかじっていたが、あまりに鬱陶しくなってきたのか、「ちょっと静かにしてくれない?」とため息まじりに言う。しかし、双方聞く耳はまるでなし。彼女は面倒になり、ふいに立ち上がると、いきなり二人の後頭部を剣でがつんと叩いた。 「えひゃい!」リーマンが変な声を上げてひっくり返る。 「うわらば!」老人まで同じく宙を舞い、床にうずくまる。 スシリアは鞘に剣をしまいながら、「安心しろ、峰打ちだ」と軽く言い放つ。すると、大将が青ざめた顔で「あの…エルフさん、その剣、両刃ですよ」と指摘してくる。思わずスシリアは一瞬固まるが、「あら…まあいいか」と肩をすくめた。 もんどり打って倒れるリーマンと老人。うめきながら抱き合うように起き上がり、リーマンが「うう、父さん…」と唸り、老人も「息子…」と目を潤ませる。ここで初めて明かされる二人の関係に、スシリアは呆れたようにまばたきする。 「親子かよ」と思わずすし職人がつぶやくと、スシリアは苦笑いしながらネタを指さして大将に言う。 「ところで、卵は甘さだよ。恋と一緒だな」 すると大将が「冗談、顔だけにしろよ…」と半ば投げやりに突っ込む。それを聞いてスシリアは「それもそうね」と鼻歌まじりに会計を済ませ、ひらりと店を出て行ってしまうのだった。 真夜中の風は穏やかに、大地を優しく撫でています。その風に乗り、白く澄んだ月の光が街路を淡く照らし出しました。背を向けたエルフの足跡は、石畳を越えて小さな橋へ続き、闇の奥へと淡々と消えていきます。ふと遠くの森を振り返ると、そびえる木々の先に、暮れ残る雲が月の輝きを抱くように浮かんでいました。まるで世界の真実を静かに語りかけるような、その何気ない風景――それは、旅の終わりを告げるのではなく、新たな道を示す夜の入り口なのでございます。