thumbnailthumbnail-0

凍える空に咲いた約束

私の名前は雪乃。 冬の朝の冷たい空気が、頬にひんやりと触れてくる。 ここは私の住む町。白い雪がすべてを覆い隠し、まるで過去も未来も飲み込んでしまうような静寂が漂っている。 青いマフラーを巻き直しながら歩く私の足元には、雪が降り積もっている。雪道に残るわずかな足跡を見つめながら、私は思う。 「今日で、すべてが終わるんだ」 その言葉は、寒い空気の中に溶けていった。 手に触れるマフラーは私のお気に入りだ。柔らかな毛糸の感触が心を落ち着かせてくれる。編み目がしっかりしていて、細部まできちんと整っている。青という色も、彼を思い出させる大切なものだった。私がこのマフラーを持つ理由――それは彼がくれたものだからだ。 彼の名前を今でも思い出すことはできない。それがこの町に住む誰もが口にしない「冬眠」と関係しているのだろうということは、なんとなく理解している。 冬眠。それはこの町に降り積もる雪とともに、誰かの記憶を静かに奪い去ってしまう現象だと噂されている。けれど、それが本当かどうかなんて誰も分からない。ただ、誰もがその現象を受け入れ、語ることすら避けている。それが、この町の冬のルールだった。 髪を撫でる風が、銀色の長い髪を揺らす。私はその髪があまり好きではなかった。冬になると雪と同じ色になる髪は、他の人たちに「冷たい」「遠い」と言われる原因だったから。でも彼だけは違った。 「君の髪、雪みたいで綺麗だよ」 そう言ったのは、去年の冬のことだった。雪が舞うこの公園で、彼が私の落としたマフラーを拾い上げてくれたのが最初の出会いだった。 あのときの彼は、白い吐息を漏らしながら微笑んでいた。その笑顔は、冷たい冬の景色の中でも温かさを感じさせるものだった。彼の手は赤くなっていて、寒さに耐えているようだったけれど、それでも私にマフラーを差し出す仕草には優しさが溢れていた。 私は彼と何度もこの公園で会った。彼はいつも何かを考え込んでいるようだったけれど、私と話すときは楽しそうにしていた。雪が降る日、二人でベンチに座って話したことを今でも覚えている。 「雪乃、この雪の下にはね、秘密が埋まってるんだ」 彼はまるで子供のような表情でそう言った。 「秘密?」 「うん、誰も知らない、でも忘れたくない大切な記憶がね、きっと雪の中に眠ってるんだよ」 彼が何を言いたかったのか、当時の私には分からなかった。ただ、その話をする彼の瞳がどこか遠くを見つめていたことだけは覚えている。 彼がいなくなったのは、それから数週間後だった。 突然のことだった。彼が姿を消してから、町の人たちに彼のことを尋ねても、誰も覚えていないと言う。彼のことを知っているはずの人たちですら、彼の名前すら思い出せないと言った。 私は彼を忘れることができなかった。この青いマフラーが私の手元に残っている限り、彼を忘れるなんてできるはずがない。でも、私も彼の名前を思い出せない。それが怖かった。 今日、私は彼のいた場所に行くためにこの雪道を歩いている。 向かう先は町外れの神社。雪に覆われた石段を登ると、小さな木造の社が見えてくる。彼がよく「ここに来ると、何か大切なことを思い出せそうな気がする」と言っていた場所だ。 境内に着くと、私の目に飛び込んできたのは、雪の中に咲いた小さな白い花だった。冬の厳しい寒さの中、こんな花が咲くなんて信じられない。私はその花を見つめながら、彼の声を思い出す。 「君は、覚えていてくれるよね」 その言葉が胸に刺さる。その瞬間、背後から風に混じって、誰かの声が聞こえた。 「雪乃――」 振り返ると、そこには彼が立っていた。青白い顔で、けれども確かにあの彼だ。私は一歩踏み出したいと思うのに、足が動かない。 彼は静かに微笑みながら言った。 「やっと会えたね」 彼の手が私の頬に触れる。その温かさは、雪の寒さを一瞬で溶かしてしまうほどだった。 「君のおかげで思い出せたよ。ありがとう」 彼がそう言うと、彼の姿はふっと消えた。まるで、最初からそこにはいなかったかのように。私の手の中には、白い花が残されていた。 その帰り道、雪が少しずつ止み、空から光が差し込んできた。凍りついた町が少しずつ暖かさを取り戻すような気がした。彼が消えた悲しさよりも、彼との記憶が温かさとなって私の中に生き続ける。 青いマフラーを巻き直して、私は歩き出した。この冬の記憶を胸に刻みながら、新しい春を迎える準備をするために。

星空モチ

コメント (0)

7

フォロワー

134

投稿

2024.5 AIイラスト開始★2024.11 Aipictors登録★Stable Diffusion WebUI AUTOMATIC1111

おすすめ