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妖精
「羽根だけの純潔なる妖精譚」 「ねぇハルカ、本当にそれ着るの?」 クラスメイトのマイが、仮装大会直前の更衣室で困惑した声をあげた。 「う、うん……でも、やっぱり変かな?」 ハルカは小さく羽根を触りながら俯いた。その肩には、透明な妖精の羽根が揺れている。それ以外に衣装らしいものは何もない。 「いや、変とかそういうレベルじゃない!服がないってどういうこと!」 「えっと、最初はちゃんとしたドレスだと思ったんだけど……届いてみたら、これだけで……」 マイは大きくため息をつき、ハルカを見つめた。「それ、完全に詐欺じゃん!アマゾン怖すぎ!」 「そうかも……でも、時間がないから、これで行くしか……」 「いやいやいや、冗談、顔だけにしろよ!」 「でも……せっかくみんなで出るし……」 ハルカは恐る恐る立ち上がった。その姿は確かに妖精そのものだった。背中の羽根は繊細に輝き、彼女の恥じらいがかえって神秘的な雰囲気を醸し出していた。 「私、頑張るよ。たとえ失敗しても、一緒に楽しみたいから。」 そう言って小さく笑うハルカに、マイは一瞬言葉を失った。そして、ため息をつきながら言った。 「わかったよ。ここまで来たら、やるしかないか……とりあえず、優勝できるよう祈っとく!」 体育館のステージ。そこに立つのは、羽根とブーツ、そしてほぼ裸の姿をしたハルカだった。仮装大会のフィナーレ。薄暗い照明の中、スポットライトが彼女の肌を柔らかく照らす。 舞台に現れたハルカを見て、会場は静まり返った。透明な羽根と、彼女の控えめな表情が絶妙にマッチしていたからだ。 「まるで本物の妖精みたい……」 「すごい勇気だね……私だったら無理。」 「でも、あんな格好で立つなんて、普通じゃ考えられないよ。」 彼女たちは半ば呆れながらも、ハルカの堂々とした姿勢にどこか感心している様子だった。 ざわめく女子生徒たちの間で、男子生徒たちは明らかに違う視線を送っていた。 「え、あれハルカ!?やばくない?」 「すごい……本物の妖精みたい……でも、服が……」 「いやいや、これもう仮装じゃなくて芸術じゃね?」 男子生徒たちは興奮した様子で囁き合い、目をそらすどころかじっと見つめる。視線には驚きと興味、そして少しの戸惑いが混じっていた。 ステージの上、ハルカは緊張していた。だが、それ以上に感じたのは、生徒たちの視線が一斉に自分に向けられるという感覚だった。 「みんな、私を見てる……。」 その視線の熱さに、最初は少し戸惑い、羞恥心で体が震えるのを感じた。しかし、その中にある「注目されている」という事実が、次第に彼女の中に不思議な高揚感を呼び起こす。 「これが、私……これが妖精。」 彼女は深呼吸をして、視線を正面に向ける。恥ずかしいと思っていた気持ちは、舞台に立つほどに薄れていった。むしろ、みんなが自分を見てくれることが嬉しくてたまらない。 「私がこの場にいる意味、みんなに見てもらうため……それって、恋と一緒だな。」 「ハルカ、よくやった!」 舞台袖からマイが大声で声援を送ると、ハルカは少しだけ微笑み返した。 大会が進む中、他のクラスも趣向を凝らした仮装を披露した。しかし、ハルカの妖精姿はどこか心に残るものがあり、観客の印象に強く残った。 そして結果発表。司会者がマイクを握り、静まり返る会場に声を響かせる。 「優勝は……妖精のハルカさん!」 驚きの声があがる中、ハルカは舞台中央へと促される。恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、トロフィーを受け取った彼女に、温かな拍手が贈られた。 その小さな羽根は、誰もが憧れる純粋さを宿しているようだった。