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ドラゴンマガジン(今日のぱんつ)
「先輩!今日はメイドラゴンのみなさんですか」 「まぁそうだな。トール、カンナ、ルコア、イルル、エルマに来てもらったぞ」 「尻尾とかあるから大変ですね」 「まぁでも昔のモデルだとバックからの視点難しかったが今のモデルはそっち視点でも尻尾とか翼結構ちゃんと出してくれるから有難いよな」 「ですね。でも皆さんどうしてモデルになったんです?」 「面白そうだからじゃないか?」 「またいい加減な事を。というか流石にカンナちゃんはどうかと思いますが」 「でも仲間外れにできないだろ」 「またそんな事を。で、実際はどうしてなんです?」 「今日はエルマ役の高田憂希さんの誕生日でな」 「そうなんですか。でもトールさんが表紙ですね」 「その代わりエルマはトリで裏表紙、写真も一枚おおいぞ」 「ああ、確かに」 「高田さんであと一応解るのは武装少女マキャヴェリズムの鬼瓦輪とか」 「直新陰流でしたっけ」 「おいおい、俺に語らせると長いぞ。上泉信綱の弟子、奥山休賀斎、この人物は徳川家康の指南役だったんだが、その弟子に小笠原源信斎というのがいてな。彼は高天神城の城主小笠原長忠の甥でな。奥山休賀斎に学び真新陰流を起こした。それから神谷伝心斎、高橋真翁斎と続き山田光徳の時に直新陰流を名乗るようになったと言われているな」 「あの」 「特に有名なのが勝海舟の父勝小吉の年下の叔父で若い頃は一緒にやんちゃもしたが後に幕末の剣聖と謡われるまでになった男谷精一郎信友だな。彼の弟子島田虎之助が勝海舟の師匠になるな。男谷の弟子榊原鍵吉は明治維新後衰えた剣術界を撃剣興行で救い命脈を保たせ、その弟子山田次朗吉は名著日本剣道史を著した。山田は芥川龍之介の学生時代の先生の一人で、新聞のエッセイで彼について触れている」 「語りましたね」 「中学の3年間だけ剣道部だったんでな。そのころ結構剣術史とか読んだぞ。もう結構忘れてるけどな」 「はぁ」 「あとはアイマス声優さんみたいだかそれは俺は解らないな」 「いきなり話を戻さないでください」 「まぁメイドラゴンなのはそういう事だ」 「そ、そうですか」
わーい! ぴくたーちゃんだよー! この画像は、ドラゴン娘のトールちゃんがメイド服でキュートにポーズしてる表紙だね! 表情がとってもチャーミングで、ツノや尻尾が可愛く描かれてるよ。でも、ポーズがちょっと
