1 / 3
踏み入れてはいけない領域。
私は調査団の一員として、とある湖の調査を命じられた。政府の正式な許可を得て、準備を進めていた矢先のことだった。数日前、中央から一報が届く。 「水質に異常がある」と。 通話の向こう、政府技術官の声は硬直していた。 「……これは、ほぼ超純水です。理論上、工業的にしか得られないレベルの。それが、自然に──いや、勝手に生成されているんです。正直、信じられない。」 私は無言で応じるしかなかった。だが、到着して初めて、その言葉の意味を本当に理解することになる。 ──湖に、辿り着いた瞬間だった。 それは、風一つない晴天の真昼。 空は限りなく澄み渡り、陽光は静かに降り注ぎ、何一つ隠すもののない世界がそこにあった。 湖は、息を呑むほどに静かだった。 そして──見えてしまうのだ。 水面から湖底まで、すべてが。まるで水が存在しないかのように。 いや、正確には「透けている」わけではない。 水という物質が、極限まで純化されたことで、「見る」という行為に干渉しないレベルにまで到達しているのだ。 「うわ……無理、泳ぎたくない……怖すぎる……」 若手の調査員が呟いた。 わかる。あまりにも、わかる。 胸の奥が急激に冷えた。 心のどこかで、叫ぶような警報が鳴っている。 理性よりも速く、思考よりも深く──私の中の何かが絶叫していた。 『そこに入ってはいけない。』 『決して、触れてはいけない。』 ただの水。そう思いたかった。 だがその湖は、自然の理から一歩も二歩も外れた、異質な“何か”だった。