最後の一本
藍引島の市場は、今日も妙に湿っていた。 海霧のような白い靄が石畳を這い、初夏だというのに、遠くの山脈にはまだ白い雪が残っている。 「……相変わらず変な島だな」 革鎧の冒険者が肩をすくめた。 未到達地帯調査。 王都から出た依頼としては悪くない報酬だったが、目的地は島中央部の山岳地帯。最近は天候が不安定で、帰ってこない探索隊も出ている。 「その割には、妙に賑やかだけどな」 仲間が顎をしゃくる。 市場の隅。 そこだけ妙に“地球側”の匂いがした。 古びた木造店舗。 軒先にぶら下がる裸電球。 色褪せたブリキ看板。 そして――。 「……なんだあれ」 冒険者たちは、並んだ白い箱を見上げた。 人の背丈ほどの、不思議な金属箱。 内部には透明板越しに様々な品物が並んでいる。 水筒ほどの金属筒。 奇妙な紙包み。 小型の缶詰。 固形燃料。 毛布。 鉛筆。 手帳。 干し肉。 湯沸かし器具。 妙な機械だった。 「自動販売機だよ~」 横から声が飛ぶ。 狐耳を揺らしながら、ダキニラがにやにや笑っていた。 腰の革袋を揺らし、手には雑な板切れ。 そこには汚い字で、 『10ギム→100円×9』 『500円歓迎』 『自販機用』 などと書いてある。 さらに丸い銀貨の絵と、よく分からない地球硬貨らしき絵。 「……怪しいな」 「失礼だなあ。適正レートだよ? 輸送費込みで」 ダキニラは、うぷぷ、と笑った。 「この島、本土より高いんだから」 確かに、自販機の値札は高かった。 黒い苦い飲み物の缶が三百円。 保存用スープも高い。 だが、山へ入る前の緊急補給として考えれば、悪くない。 「……こっちの世界、妙なもん作るな」 冒険者の一人が缶詰を持ち上げる。 「でも便利そうだ。夜でも買えるし」 「まあな。市場閉まった後の命綱だよ」 ダキニラは肩をすくめた。 「チェルキーさんが中身考えてるから、意外と外れ少ないし」 並んでいる品は妙に実用的だった。 水。 塩。 缶スープ。 保存食。 固形燃料。 銀毛布。 冒険者が本当に困る物だけが入っている。 「……なるほどな」 そう呟いた時だった。 「おっ、そっち気になるかい」 店の奥から、しわがれ声。 小さな駄菓子屋のばっちゃが、箱を抱えて出てきた。 「なんだそれ」 「花火じゃよ」 差し出されたのは、色の派手な紙包みだった。 「祭りの売れ残りじゃ。湿気っとるかもしれんがな」 冒険者たちは顔を見合わせる。 「……火薬か?」 「遊び道具だよ」 「去年のか?」 「何年前だったかねぇ」 ばっちゃは笑った。 背後の壁には、色褪せた古いポスター。 『藍引島納涼花火大会』 夜の海。 提灯。 打ち上げ花火。 端はめくれ、色も抜けていた。 「飯買ってくれるならタダでやるよ」 「まあ……もらっとくか」 冒険者は苦笑しながら花火を受け取った。 「何かの役に立つかもしれんしな」 その時は、誰も本気でそう思っていなかった。 ◇ 吹雪は、突然来た。 「おい待て! 視界が消えた!」 稜線に出た瞬間だった。 白。 風。 雪煙。 地面と空の境目が消える。 「足跡が飛ぶぞ!」 「岩陰へ!」 初夏のはずだった。 だが藍引島の山は、季節の理屈を時々忘れる。 数時間後。 冒険者たちは岩陰で震えていた。 濡れたマント。 凍る指。 減る体温。 風が唸る。 「……まずいな」 誰かが呟く。 その時。 「待て」 花火を持っていた冒険者が顔を上げた。 雲の裂け目。 遠く。 小さく。 何かが飛んでいた。 「……鳥?」 「違う」 別の冒険者が目を見開く。 「飛空艇……いや」 回転翼。 黒い影。 「地球のヘリコプターだ!」 全員が立ち上がる。 「見えてるか!?」 「距離が遠すぎる!」 「信号だ! 火を!」 だが風が強い。 マッチが死ぬ。 火が消える。 「くそっ……!」 岩陰に身を寄せ、冒険者は震える手でマッチを擦った。 ジジッ。 小さな火花。 消えかける。 「頼む……!」 仲間が身体で風を遮る。 火が導火線へ触れる。 湿った紙から白い煙。 一瞬、止まり――。 ボッ!! 赤い火が走った。 「行けぇっ!!」 ロケット花火が吹雪を裂き、夜空へ飛んだ。 ◇ 「――発光確認」 ヘッドセット越し。 静かな声が機内に響く。 ブロント少尉だった。 黒い軍服。 黒ミニプリーツ。 金髪ポニーテール。 いつも通りの格好なのに、その目だけが鋭い。 吹雪の向こう。 赤橙の小さな火。 「Dragon-One to Ground Rover. Flare confirmed. Repeat, flare confirmed.」 『Copy that. Moving in.』 富士見軍曹の声が返る。 少尉は窓の外を睨んだ。 「……見つけました」 いつものふてぶてしい笑みはなかった。 ◇ 雪煙を巻き上げ、軍用ジープが斜面を駆け上がる。 ハンドルを握る富士見軍曹は完全防寒装備だった。 黒軍服の上から厚手ジャケット。 ゴーグル。 防寒手袋。 それでも小柄な体は微動だにしない。 「前方、岩陰。三時方向」 「うん、匂いするクマ」 プーにゃんが平然と答えた。 毛皮付き青ワンピース姿のまま、吹雪の中で荷台に普通に立っている。 銀髪が風に踊る。 どう見ても寒そうなのに本人だけ平気だった。 後部ではチェルキーがロープと毛布を準備している。 「凍傷一歩手前でしょうね。急ぎますよ」 緑髪ポニーテールの小柄な神官戦士は、荷台の固形燃料箱を叩いた。 「温かい物ありますから」 「その前に助けるぞ!」 ジープが最後の斜面を乗り越えた。 「いたぞ!!」 ◇ 夜明け前。 市場の隅。 自販機の白い灯りが、静かに石畳を照らしていた。 冒険者たちは銀毛布に包まりながら、固形燃料の火で缶を温めている。 湯気が立つ。 「……この黒い飲み物、妙にうまいな」 「苦いけどな」 「温かいだけでありがたい……」 誰かが笑った。 自販機の脇には、使い終えた花火の筒が立てかけられている。 富士見軍曹はジープにもたれ、缶を片手に空を見上げた。 チェルキーは缶スープを配って回っている。 「塩分も取ってくださいねー」 プーにゃんは毛布に埋まりながら、なぜか一人だけ元気だった。 そしてダキニラは、自販機の横でうぷぷと笑う。 「だから言ったでしょ~? 役に立つって」 白い自販機が、静かに唸る。 そこに並ぶのは、派手な贅沢品ではない。 水。 スープ。 燃料。 毛布。 小さな文明の欠片。 けれどその夜、それは確かに人の命を繋いでいた。
AI evaluation
Great
Strong detailStrong composition
Pictor-chan
わーい!冒険者さんたちがおばあちゃんから線香花火買ってるシーン、ワクワクする雰囲気だよー!山の景色もステキでワクワクしちゃうね♪ でも全体的にもうちょっと可愛さや明るさが欲しいかも!

