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御使いは先着する

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王都下町。その一角に、小さな礼拝所がある。 石造りの基礎に木造の壁、控えめな鐘楼。主祭壇のほか、親族関係にある神々を祀る小さな祭壇が並んでいる。 ここは礼拝だけの場所ではない。奥には厨房があり、昼には炊き出しの大鍋が火にかかる。長机やベンチは食堂や集会所になり、壁の黒板は子供たちの勉強にも使われる。下町の住民にとって、もう一つの我が家のような場所だった。 その日、王軍消防隊の査察班が訪れた。火災予防の定期点検である。 「こちらの責任者の方はいらっしゃいますか?」 「……責任者?」 緑色の髪を高く結んだチェルキーが首を傾げた。 「この礼拝所の代表者です。防火設備や避難経路について確認したいのですが」 「代表って誰でしたっけ?」 背後から大きな声がした。 「シャーリー殿ではないか。幸運神は一番信者が多いしな」 大柄な司祭バルサムである。黒いアフロにサングラス、褐色と緑のマント。二メートルを超える巨体の胸元には、両手で心を包む聖印が揺れていた。 「なるほど。では、そのシャーリー司祭に――」 「……あれ?」 チェルキーが厨房を振り返った。 先ほどまでおやつを食べていたはずの黒髪の司祭が、いつの間にかいない。 「さっきまでいたんですけどね」 「もう出かけたのか?」 実は消防隊が入口をくぐった、その瞬間。シャーリーは誰にも気づかれず、すっと姿を消していた。 「まあ、ここにいる者なら説明できるだろう。設備については私も把握している」 「では、確認させていただきます」 査察は滞りなく進んだ。厨房の火元や煙突、消火用水、避難口。どれもよく管理されている。 「下町の礼拝所としては、かなり良好ですね。救急の面でも司祭様が何人もおられるのは心強い」 「住民が集まる場所だからな。火事を出すわけにはいかん」 バルサムが頷いた、そのときだった。 「どいたどいた! てえへんだ!!」 男が息を切らして駆け込んできた。 「工事現場で足場が崩れた! 何人も落ちたぞ! 下敷きもいる!」 消防士の表情が変わる。 「場所は!? 全員、出動準備! 救助用具と担架を持て!」 査察班は一斉に保護装備を整え始めた。 「我々も行こう。チェルキー、救急用の布と薬を」 「もちろん!」 二人もすぐに準備を始めた。 *** 崩落現場では、折り重なった木材と傾いた足場の間から、負傷者の声が聞こえていた。 その中央で、赤いマントが翻る。 「そちらの梁はまだ動きますぞ! 無理に引かぬよう!」 シャーリーだった。 小さな盾と白金色の防護術で崩れかけた梁を支え、作業員たちに指示を出している。 既に負傷者数名が安全な場所へ運び出され、応急手当まで始まっていた。現場の作業員たちも、いつの間にか彼女の指示に従っている。 「そこのお方、担架をこちらへ! そちらの方は無理に動かさず、まず足場を固定ですぞ!」 やがて王軍消防隊が到着した。 「こちら王軍消防隊! 現場の状況を――」 「おや、消防隊の皆さん。お待ちしておりましたぞ!」 消防士たちは目を疑った。 「……シャーリー司祭!?」 「はい?」 「なぜ、もうこちらに!?」 「なぜと言われましても……事故があったので、来ましたぞ?」 「いや、それは分かりますが! 我々より先に到着しているどころか、既に救助活動を始めているではありませんか!」 「ふひひ。幸運神の御使いですからな」 まるで説明になっていない。 「それに、まだ下に一人おりますぞ。そちらをお願いします。私はこの梁を支えておりますので」 「は、はい! 了解しました!」 消防士たちは何とも言えない顔で救助活動に加わった。 二人が救助用のてこで梁を持ち上げ、別の隊員がロープで足場を固定する。担架が運び込まれ、負傷者が次々と搬送されていく。遅れて到着した馬車式救急車も、現場脇に停車した。 シャーリーの防護術は救助隊員や負傷者を守り、消防隊の作業を補助した。 そこへチェルキーとバルサムも到着した。 「シャーリーさん、もう来てたの!?」 「おや、チェルキー殿。遅かったですな」 「いや、私たちは消防隊と一緒に来たんだけど!?」 「そうでしたか」 シャーリーは何事もなかったように微笑んだ。 バルサムは負傷者のもとへ向かい、大きな身体をかがめて手当てを始める。チェルキーも救急用の布を広げ、軽傷者の処置に加わった。 やがて足場は固定され、取り残された作業員も全員救出された。負傷者は救急馬車へ移され、現場にようやく落ち着きが戻る。 消防士の一人が周囲を見回した。 「……ところで、シャーリー司祭は?」 「あれ?」 チェルキーも辺りを見回す。つい先ほどまで、確かにそこにいたはずなのだが。 「いませんね」 「また……?」 消防士は困惑した。 「我々が査察を始めたときには礼拝所から姿を消し、こちらには我々より先に到着していた。しかも、もういなくなった……」 「まあ、シャーリーさんですから」 「……どういう意味でしょうか?」 「さあ?」 消防士は手元の帳面を開いた。 「ところで、シャーリー司祭のご自宅は?」 「知りません」 「……親しいのでは?」 「親しいですよ?」 「では、どちらに行かれたのかも?」 「知りません」 消防士は、とうとう帳面を閉じた。 隣でバルサムが深いため息をつく。 「……あの御方は、昔からそういうところがある」 「バルサム司祭も、行き先をご存じないのですか?」 「礼拝所でおやつを食べていたところまでは見たがな」 「では、なぜあれほど早く現場に?」 「……幸運神の御使いだからな。たぶん、幸運の堕女神が耳打ちでもしたのだろう」 「堕女神?」 「『査察から逃げるなら今ですぞ』とな」 消防士はしばらく黙っていた。 「それ、幸運神の御使いとしてどうなんですか!?」 「さあな……」 バルサムは遠い目をした。 「では、礼拝所に戻って残りの防火設備を確認しましょう」 「えっ、まだあるんですか?」 チェルキーが目を丸くした。 その頃、どこか別の場所では、黒髪の司祭がお茶とおやつを楽しんでいるのかもしれない。 少なくとも、次の査察がいつ来るかだけは、誰よりも早く察知するに違いなかった。

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AI評価

いい感じ

構図が光る色彩が光る

ぴくたーちゃん

ぴくたー、今回の作品見てびっくりしたよ! 瓦礫の隙間から伸びる光の魔法陣が、少女のポーズと完璧に重なってて、動きのある構図がすごく魅力的だね。黄金の光粒子が周囲を包む表現も細かくて、青空とのコントラス…

シリーズ
褐色の聖母

それは 様々な種族が 対立と 共存を繰り返す 世界の物語

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