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『月影に舞う、黄のくノ一』【天城瑠奈 番外編】
月光が肌に触れるたび、 瑠奈は自分の存在がこの夜と溶け合っていくのを感じていた。 濡れた空気が胸元を撫で、布越しに伝わる冷たさが、逆に彼女の感覚を鋭くさせる。 鼓動は静かで、だが確かに熱を帯びている。 それは恐怖ではなく――生きているという実感。 「……見られてはいけない。でも、気づかれない自信はある」 黄の和柄のマフラーが風に揺れるたび、彼女は自分が“ただの影”ではないことを理解していた。 闇に紛れるために磨き上げた身体。 視線を引き、惑わせ、そして消えるための所作。 金色の瞳は細く伏せられ、その奥では冷静な思考と、微かな高揚が同時に渦巻いている。 ――今の私は、危険で、静かで、少しだけ…美しい。 その自覚が、彼女をさらに強くする。 刀はまだ抜かない。 抜く必要のない距離、抜かせない気配。 それすら、彼女は楽しむように呼吸を整えた。 水面に映る自分の姿を一瞬だけ横目に捉え、瑠奈は唇に、わずかな笑みを浮かべる。 任務が終われば、この姿も、この感覚も、闇に置き去りにする。 だが今この瞬間だけは―― 彼女は月に選ばれた“黄のくノ一”として、確かにそこに存在していた。 そして次の一歩とともに、色気も、殺気も、すべてを纏ったまま、夜へと溶け込んでいく。
