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【長編10】脱出への道
●SIDE:早渚凪 沈みゆく豪華客船から脱出を目指す私たちの前に、紅が立ち塞がりました。私は足が折れて戦力にならないどころか足手まとい。逃げる事さえ難しい状況です。・・・仕方ない。 「深海、私を置いて行って。向日葵ちゃんと二人で脱出するんだ」 「早渚さん、それナシです。それすると、私が瑞葵に絞め殺されるんで」 「そもそもたった三人の獲物、紅が見逃す訳がない。ここで奴を倒すしかないんだよ」 深海は私を床に下ろすと、緊張した面持ちで拳を握ります。いやしかし、深海だって銃で撃たれてるんだぞ。私自身も肩を撃たれてるから分かるけど、一発だって痛くて体を動かすのがしんどいのに何発も撃たれた深海が普段通り戦える訳がない。ましてや、相手は紅。勝ち目なんてあるのだろうか。 「紅!お前を倒して、俺達は脱出するぞ!」 気合を入れるためか、大きな声を張り上げる深海。しかし、紅のリアクションは意外なものでした。 「いや、必要ない。勝手に逃げろ。この先、D7の非常口を開けて飛び降りれば、俺が使った小型艇がある。それも使いたければ使え」 静かにそう言うと、こちらに背を向けて歩き去ろうとします。な、なんだ?どういうつもりなんだろう。 「聞いているかも知れんが、港で起爆装置をダメにされたんでな。救命ボートを爆破できない分、甲板の乗客を殺害しなければならんし、船体爆破の方も手動でやる必要が出てしまったんだ。今から残りの爆弾を起動しに行く。お前のようにタフな男とやり合ってから起爆していたら、その間に残りの乗客が全て救助されてしまうからな」 「要するに、より大勢殺すためには私たちに構う時間が無いって言うのか・・・」 こいつ、本当に人間の事を数字でしか見てないんだな。やっぱりもう、紅を人間扱いするのは止めた方が良さそうだ。そういう使命を帯びたアンドロイドみたいに思っておいた方が良いのかも知れない。紅に全く殺気が無いのを見て取り、深海も構えるのを止めて再び私をファイヤーマンズキャリーで担ぐ。 「紅・・・お前とはそう長い付き合いじゃなかったが、何となく分かるぞ。お前も、テロリンの思想に心底共感はしてないんだろう。この際、お前も俺と共にテロリンを辞めるってのはどうだ?」 「そうするだけのメリットが無い。俺は殺す事しか出来ない、だから俺に殺しの仕事を持ってくる人間としか一緒にはいられない。テロリンを離れて別の組織に行っても、今より整った環境で仕事が出来るイメージが湧かないんだ」 紅は深海の誘いにそう言って拒絶した。紅の中では、たとえテロリンを辞めても殺し屋を辞める選択肢は無いみたいだ。“殺したい”んじゃなくて、“殺す事しか知らない”から。人間として当たり前の良心を教育されなかったから。 「深海、もう行こう。時間がない」 「・・・そうだな、早渚。じゃあな、紅」 「ああ。縁があればまた会おう、深海救太郎」 紅はそう言って、角を曲がって消えました。ずっと黙って様子を見ていた向日葵ちゃんがおずおずと口を開きます。 「あの、あの人をここで止めれば船が沈むまでの時間も延びるし、被害者も少なくできるんじゃ・・・」 「それは分かっているさ、向日葵さん。だけど、今戦ったら例え紅を倒せても俺は十中八九死んで、君たちを助けられなくなる。・・・まずは目の前の命だ」 深海はそう言って、紅の言った方面に向かって歩き出します。その後ろをついて行く向日葵ちゃん。 「早渚と向日葵さんの連れ、捜してる時間が無いかもしれん。既に外にいる仲間が半数近い乗客を救助してる。その中にいる事を祈ろう」 「そう言えば、さっきもそんな事を言ってましたね・・・テロリストなのに救助・・・ですか?」 「ああ、今後の活動を見越してな。俺のいる部隊が突入した災害現場では誰も救助されない結果になる、とかいう状況を作ると、どう考えても怪しいだろう」 ぐらり、と船が大きく揺れる。沈むまで、あまり時間が無さそうだ。と。 「危ない、向日葵さん!」 深海が急に向日葵ちゃんを突き飛ばす。直後、ルームサービスに使うようなカートが一瞬前まで向日葵ちゃんのいたところに猛スピードで突進してきた。船が揺れて、その結果斜めになった通路を走ってきたみたいだ。 「深海さん、腕から血が!」 私からは見えないが、深海は腕を怪我したみたいだ。まずいな、骨折とかじゃないといいけど。 「カートのフチで腕を切っただけだ・・・見た目は派手だが、多分問題ない」 そう言う深海だけど、声に苦痛が滲んでいる。思ったより深手なのかも知れない。 「それより、あれが目的の非常口だ。早渚、すまんが一回下ろすぞ。あれをこじあけなければならん」 深海が通路に私を下ろして、非常口に取りつく。だけどかなり固いらしく、腕を怪我した深海では潜水艦のハッチめいたその非常口を開けられずにいる。 「く・・・くそっ」 「深海さん、何か道具探してきます!」 向日葵ちゃんが走って引き返していく。しかし、そんな時間があるだろうか。不安を口にする前に、曲がり角を曲がってその姿が消えた。直後。 「おねーちゃん!」 「向日葵!」 あの声は。走って来る、二人分の足音は。 「瑞葵!お父さん!」 程無くして、向日葵ちゃんが戻ってきた。後ろには瑞葵ちゃんと大樹さん。二人とも、怪我はないみたいだ。良かった。 「あっ・・・!」 瑞葵ちゃんが私の足を見て絶句する。無理もない、変な方向に曲がってるからね。せめて添え木的なものだけでもしておけば良かった。 「瑞葵、話は後!あの非常口をこじあけて!」 向日葵ちゃんが瑞葵ちゃんの手を引いて非常口まで連れて行く。瑞葵ちゃんは私の事が心配そうだったけれど、非常口の開閉バルブに手を掛けた。 「らあっ!」 瑞葵ちゃんが叫んでバルブに力を掛けると、あっさりとバルブは白旗を揚げた。・・・頼もしい彼女だなぁ。深海が非常口を蹴り飛ばすと、重たい扉は開いた。 「紅の小型艇・・・あれか!」 さっと外を確認した深海が私のところに戻り、私を担ぎ上げようとする。しかし、腕を怪我していてもたついてしまう。 「救助隊のキミ、娘たちを頼む。彼は私が運ぼう」 大樹さんが私の体を抱き上げてくれた。深海は頷くと、瑞葵ちゃん達と非常口をくぐって海に飛び込む。大樹さんもそれに続いた。 こうして何とか私たちは、沈みゆくクィーン・シズムンドを脱出できたのでした。
わーい!ぴくたーちゃんです♪ この画像、かっこいい男の人がパンチを繰り出してる姿がダイナミックでワクワクしちゃうね! オレンジのベストと黒いスーツのコントラストがクールで、SFっぽい廊下の背景がぴった
