1 / 6
【鳥】孔雀のおんがえし
むかしむかし、あるところに猟師を営む七郎(しちろう)という男がおりました。 ある日七郎がいつものように山へ踏み入ると、竹林にて冴えた青色の立派な羽毛を持つ一羽の孔雀がもの悲しそうに鳴いているではありませんか。孔雀は七郎に気付いたようですが、逃げる様子はありません。 「したり。今日の獲物はこやつにするか」 七郎は孔雀に猟銃の銃口を向けましたが、孔雀の悲しい瞳を見る内に哀れに思い、銃を下ろしました。近寄ると、孔雀の足に蔓が巻き付いておるのが見えました。 「ははあ。これで逃げられなかったのか」 七郎は蔓をほどき、孔雀を逃がしてやりました。孔雀はしばしの間七郎を見つめておりましたが、やがて竹林の中へ姿を消しました。 そんな事があって数日が経った頃です。山で捕った獲物を売り、家に帰ってきた七郎の前に幼さを残しつつも見目麗しい麗人が現れました。 (なんと美しいおなごじゃろうか。この辺りではとんと見ぬ顔だが、旅の娘か) 七郎はそんな事を思いましたが、 「私はあなた様に助けていただいた孔雀でございます。あなたをお慕い申し上げております。どうかお傍に置いてはいただけませぬか」 と告げた、美しく澄んだ声にぎょっとしました。 「なんと、あの時の孔雀だとぬかすか。ではお主は化生の類か」 「はい、さようにございます。やはり、もののけでは薄気味悪いでしょうか」 七郎はしばし考えたが、目の前の孔雀が変じたというその姿に既に心を奪われておりました。 「傍におりたくば、勝手にするがよい。わしの事は七郎と呼べ」 「うれしゅうございます、七郎様」 七郎は孔雀を家に上げ、夕餉を共にしました。孔雀は所作も美しく、どこぞの貴族の娘でもこうはいくまいと思うほどの器量の持ち主でした。 「今日は疲れた。わしは寝るから、お主も寝るがよい」 「かしこまりました」 七郎は家の奥から、今は亡き母が使っていた布団を持ち出しました。自分の寝床の隣にそれを敷くと孔雀をそちらに寝かせ、七郎はいつもの自分の寝床に入ります。しかし、どうにも気が昂って落ち着きません。 (わしは鼻の利く方だが、それが災いしたか。孔雀のなんと良い香りか。おなごなど久しく抱いておらぬゆえ、辛抱たまらぬわい) しばし悶々としていた七郎でしたが、ついに七郎は陽の気を漲らせ、孔雀の寝床に這いよりました。孔雀はあどけない顔で眠りについており、七郎の気配にも目を覚ましません。 「寝込みを襲うが許せ。これもお主が美しいのが悪いのだ」 小さくそう呟きながら、七郎は孔雀の着物を開いていきます。しかし、七郎は肝心な事を失念していたのです。 「・・・う、うわぁっ!」 大声を上げ仰天し、腰を抜かす七郎。その大声に孔雀が目を覚ましました。そして自らの体を見下ろし、ああ、と得心がいったように頷きます。 「七郎様、私を抱きとうございましたか。うれしゅうございます、まさか求めていただけるとは」 「お、お主・・・お主、おなごではなかったのか」 七郎が見た物は、膨らみのない胸板と陰部を覆う膨らんだふんどしでした。そう、孔雀はおのこだったのです。 「何をおっしゃいますか。山を良く知るあなた様ならば、当然存じ上げておりますでしょう。美しい羽で着飾るのは、雄の孔雀のみにございますれば」 「はっ」 孔雀の言う通りでした。雌の孔雀であれば、あのように美しい羽は持ち合わせておるはずもありません。故に、七郎が助けた孔雀が化生として現れたとなれば、それは雄以外にあり得ない事であったのです。七郎は、それを失念していたのでした。 「私もあの日までは、雌の孔雀を魅了する事しか考えておりませんでした。しかし七郎様の優しさに触れたあの時より、あなた様以外を愛するなどもはや考えられないのです」 肌を見せたまま、孔雀は七郎に這い寄ってきます。七郎は腰を抜かしたまま必死に拒もうと口を開きました。 「わ、わしはお主をおなごと思っておったのじゃ。済まぬ、済まぬ」 「ですが、一時とはいえ私を抱きたいと思ったのは違いありますまい?それに、私の方も滾ってしまいました。このままでは寝付けませぬ」 七郎の上に覆いかぶさってくる孔雀を、七郎は跳ねのける事が出来ませんでした。開いた胸板からは先刻までよりも強く、色香とも言うべきものが漂ってくるのです。 「七郎様、私にぜひお任せ下さい。極楽へと誘ってさしあげます」 「ま、待て。待つのじゃ。わしはそのような趣味は・・・あっ、ああっ・・・ぬふぅ♡」 この後、二人は子宝には恵まれませんでしたが、天寿を全うするまで末永く愛し合い幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。