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【明るい】昨日の謝罪に来たのに
今日はちょっと警戒しながら金剛院邸にやって来ました。経緯はどうあれ、昨日の出来事で花梨さんの中で私は「メイドロボットをそそのかして味方につけ、裸を見せる事を強要してきた男」という印象になってるはず。なので早い段階で謝らないといけないのですが、先に気付かれて背後を取られると問答無用で叩き出される可能性もあります。だからしっかり警戒して、必ず花梨さんをこちらが先に見つけないとならないのです。 「あ」 そっと薔薇園に身を潜めながら進んでいた私は、他のメイドににこやかに指示出しをしている花梨さんを見つけられました。あの明るい表情からして、昨日の事で不機嫌MAXという事は無さそうだけど、完璧な仕事をする花梨さんの事。表に出してないだけかもしれません。慎重に様子を窺わないと。 「ん?」 そう思っていたのですが、花梨さんは早速私の視線に気づいたようでこっちに目線を向けました。やはり護衛も仕事の内な以上、気配には敏感なのでしょう。私は諦めて立ち上がり、花梨さんに歩み寄ります。 「おはようございます、早渚さん。今日も覗きですか?」 言い方にトゲがあるなぁ。まあ、風呂場に潜んでいたんだからこっちが悪いので仕方ありませんが。 「おはようございます。すみません、昨日の事をちゃんと謝らないといけないと思いまして」 「謝るくらいなら最初からやらないで下さいよ。それに謝りに来るのにこそこそと隠れながら来るなんて、潔くありませんよ」 「はい、おっしゃる通りです・・・」 う~ん、思ったよりかなり怒っているっぽいな。前に一緒にお風呂に入った事もあるから多少は許されるかと思ったけど甘かったみたいです。 「私の体に興味があるのは、男性なので仕方ない事だと思います。ですけど、ちゃんと手順を踏んで誠実に向き合っていただかないと。私は早渚さんの彼女じゃないんですから」 ・・・スキー旅行の際に私を見張るために男湯に踏み入ってきた人に言われたくないという気持ちも正直ありますが、口答えすればさらに不機嫌になるのは目に見えてます。ここは大人しく頭を下げておかないと。 「ピピー。花梨先輩、イエローカードです」 「え、コマメちゃん?」 駆動音を鳴らしながらコマメちゃんがやって来ました。呆れ顔のような表情を花梨さんに向けています。 「こ、コマメ。何がイエローカードなのかしら?」 「コマメが知らないとでも思いましたか。花梨先輩、昨日の夜は随分と熱心にコマメのログを繰り返し再生していましたね。それも、コマメがパパを浴室で待ち構えていた場面から」 ええ・・・昨日確か、その部分は見ないつもりだとか言ってたような気がするんだけど。 「これは『パパが花梨先輩の体に興味がある<花梨先輩がパパの体に興味がある』という不等式で表現できる事実ではないかとコマメは分析します。誠実では無いのは花梨先輩の方だと考えますが。パパを糾弾する権利は花梨先輩には無いのではありませんか。どうですか、何か申し開きはありますか」 「あぅ・・・」 花梨さん、真っ赤になって申し訳なさそうに目を逸らしてるな。というか、その反応だと事実なのか。てことは、私のアレは何度も花梨さんに見られたって事かぁ。 「えーと、花梨さん。コマメちゃんの主張は事実でしょうか」 「申し訳ありません・・・早渚さんの裸を何回も再生して視聴しました・・・」 観念したように頭を下げてくる花梨さん。こっちも意識してしまって顔が熱くなります。 「ええと、でもなぜですか?正直言って、そんな美しいものでもないと思いますし、そんなに見たいものなんですか?」 「パパが死体蹴りを始めました。ドSです」 私そんなSじゃないんだけど。花梨さんはぼそぼそと話し始めました。 「その、私って幼少の頃に金剛院家に引き取られてますので、父親とお風呂に入った事も無ければ特定の男性と仲良くする機会も無かったもので・・・仕事仲間には男性もいますけど年齢が相当離れてますし、だからその、つい知的好奇心がはたらいたと言いますか」 「ピピー、そこは知的より痴的が適切と判断します」 「コマメちゃん、そんな切れ味良い返ししなくてもいいよ」 まあつまり、花梨さんは男性の裸を見る機会が無かったからつい興味を持ってしまったのか。確かに花梨さんの場合、他に裸を見た事ある男ってサイバ君くらいだもんな。 「分かりました、もう見てしまったものは仕方ありません。花梨さんがそれを見た事で嫌悪感を抱いていないならいいですよ。この件絡みの色々をひっくるめて、お互い様で手打ちにしましょう」 「ピピー。パパは甘いですね。この状況なら花梨先輩の恥ずかしい写真くらい要求しても許されると思いますが。何ならコマメのログから厳選したデータをお送りします」 「ちょ、ちょっと待ちなさいコマメ!早渚さんが手打ちにするって言ってくれてるんだからもういいでしょう!」 あの反応だと、かなり見せられない感じの奴がデータに残ってるのかな。ちょっと気になるけど、ここで食いついたら今の話が台無しになってしまうから我慢だ。 「パパはおっぱい星人だというデータがありましたね。ならば丁度いい画像が残っているはず・・・ログ検索開始・・・」 「やめなさい!そんなのを勝手に送られるくらいなら自分でえっちな自撮りを送ります!」 「ええ!?それならもう私が直接撮影しますけど!?」 静まり返る空気。やっちまった、つい本音が。コマメちゃんが満足げな顔をします。 「ふぅ・・・ふふふ。パパ、今の会話は確かに証拠として記録しました。良かったですね、少なくとも一度は花梨先輩にえっちな撮影会を要求できますよ」 「そんなもの要求しないよぉ!ますます関係がこじれるじゃんか!」 やってくれたなコマメちゃん。花梨さんも真っ赤になって俯いてるし、どうしてくれるんだこの空気。 「おっと、そろそろコマメは充電の時間です。あとは若いお二人でどうぞ」 逃げた。ロボットのくせに『空気を読んだ』みたいな行動を取らないで欲しい。 「えと、あの、早渚さん。コマメは証拠がどうたら言ってましたが、さすがにちょっと・・・」 「で、ですね」 私は続けて『安心して下さい、要求するつもりないので』と言おうとしたのですが。 「シラフじゃ無理なので、飲みに誘っていただいた時とかでお願いします・・・」 頭から湯気を出しながらそう言って、花梨さんはぱたぱたと走り去ってしまいました。・・・え?あれ、これもしかしてマズくないかな。『私が花梨さんを飲みに誘う=えっちな撮影会する』って図式になってる気がする。 「女の人にあそこまで言わせて今更『要求するつもりない』って言ったら逆に傷つけちゃいそうだし・・・先延ばしにしまくっても絶対こんなの忘れてくれないだろうし・・・詰んだんじゃないか、これ・・・」 結局、最初から私と花梨さんはコマメちゃんの作戦の上で外堀を埋められて踊らされていたのかも知れません。AIの謀略ってこわい。