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冷たいお茶(?)
蝉がけたたましく鳴く真夏の午後。蒸し風呂のような湿度の中、訓練生たちの休憩のために設けられたプールサイドには、不穏な湯気が立ち上っていた。 「――さあ、渇きを癒すがよいぞ! わたしがこの身を焦がしてまで点てた、秘伝の冷茶だッ!!」 ブロント少尉が満面の笑みで掲げたのは、氷が浮かんだガラスの大茶碗。その背後では、木製風の茶釜(中身はどう見てもカセットコンロ)がぼこぼこと音を立ててお湯を沸かしている。少尉の額からは滝のように汗が流れ、頬は真っ赤。スクール水着の上にミニスカ和服、その上から和風の前掛けとたすき掛けという、どう考えても熱中症一直線な格好。 「……少尉、今すぐそれ、自分で飲みなさい」 突然、鋭い声が飛び込んできた。 振り返れば、そこに立つのは富士見軍曹――黒髪ボブのクールビューティー。スクール水着姿で腕を組み、少しだけ眉をひそめている。 「え、わ、私がですか!? だがこれは訓練生のための――」 「……これは少尉、あなたの教官としての指示です」 軍曹の静かな口調に、ブロント少尉は観念したように頷いた。そして―― 「ならばこの命に従い、わたしが味見を行う! 冷茶よ、天命を知れ!」 ずずずっ――ごくっ、ごくっ、ごくっ! 透明なガラス茶碗が空になるまで一気に飲み干した瞬間。 「うっ……ぉぉ……わ、わたしの内臓が……ひゅごぉ……ッッ」 そのままがくりと膝をつき、ついにプールサイドに倒れ伏すブロント少尉。 「……まったく……」 富士見軍曹はため息をひとつつきながら、膝枕の体勢で倒れた少尉の頭を優しく支える。 「なぜ暑い日にお茶を淹れるのに、まず沸騰させようと思ったんですか……。氷水で抽出すればいいものを……」 「す、すまぬ……ぬるい茶は心がぬるむという故事が……それに光成殿の三献茶の理が……」 「言ってることがもう意味不明ですよ、少尉」 呂律が回らぬブロント少尉に、軍曹はタオルで汗を拭いてやりながら、ほんの少しだけ微笑んだ。 「まったく……死ななくて良かったですね。でも、お茶はちゃんと冷たくしてからにしてください」 「うむ……うむ……次こそは、極冷なる真の冷茶を……ごくり……」 「飲まなくていいですから、しばらく休んでてください」 こうして、訓練生たちにお茶が振る舞われることはなかったが、誰もがその光景を、夏の記憶として心に刻むこととなった――。