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屯田的ガーデニング ―朝顔じゃなかった―
「――以上が、明治期の北海道における屯田兵制度の概要だ。定住と防衛を同時に担った彼らの生活は、現在の自衛陸軍 にも一定の影響を……」 講義室の最前列、陽射しを受けてぽかぽかと温かい窓際席。そこに座るブロント少尉は、あまりの心地よさに軽く船を漕いでいた。頬杖をつきながら、半分眠った目でホワイトボードを眺めている。 「……農具と銃を持って、畑と国境を守るなんて、まさに理想の屯田……兵……」 「ブロント少尉、寝るな」 「んぅ……はい、起きてます。ちゃんと聞いてます……“畑”と“兵”……くくく……つまり、それは……」 (ガーデニングだ……!) 目を覚ましたブロント少尉の中に、突如として一つの革命的概念が芽吹いた。 花と戦の美少女軍人が、“屯田的”ガーデニングを極めることで国防に貢献する――そんな妄想が、彼女の中で堂々と開花した瞬間だった。 * * * そして一週間後。 中庭の花壇でブロント少尉はご満悦だった。 黒の詰襟軍服にミニプリーツスカートといういつもの姿で、しゃがみ込んで土を撫でている。支柱には早くも紫の花が咲き始めていた。 「ふふ、咲いてきましたね。さつま芋の花って、意外と朝顔みたいで可愛い……えへへ」 そこへ、黒髪ボブでキリッとした美貌の女性軍人が現れる。小柄な体にタイトスカート姿、そして端正な軍服――富士見二等軍曹だ。 「……少尉」 「おはようございます、軍曹。見てください、この花。かわいいでしょう? 朝顔、じゃないですよ。さつま芋です」 「……知ってます。というか、そこ花壇です。芋植えちゃダメです」 「へっ」 「あと、ジャガイモもありましたね? あれ、植木鉢からはみ出てましたよ」 「はっ……それは……食料安全保障の一環で……」 「それを言い出したら、屯田兵ですか? まさか軍服のまま農作業してたと思ってる?」 「えっ、違うんですか」 「プロパガンダ用の写真です。実際は動きやすい作業着でしたよ。 あと、少尉は教官でしょ、教官がこんな勝手してどうするんですか」 「……しょぼん」 「野良塾でやりなさい。家庭菜園なら、あそこで許可されてますから」 「……はーい」 * * * その翌日。 野良塾――学校の裏手にある家庭菜園同好会の畑に、異様な姿の少女が現れた。 濃紺のブルマに白の体操服、足には軍用ブーツ、背に鍬と苗を担いだ金髪の少女――ブロント少尉である。 「さあ、国を守る芋作り、はじめましょう」 周囲の生徒たちは一瞬凍った。 「……あの、少尉……?」 「……昭和?」 「なんか……見てはいけないものを……」 それでもブロント少尉は構わなかった。 迷いも戸惑いもない。 彼女の中で芋は防衛線、鍬は銃だった。 そして、その日午前中をかけて畑に苗を移植した彼女は、午後には周囲のジャガイモ掘りを手伝い始めた。暑い中でも手際よく、笑顔で土を掘る姿に、少しずつ周囲の空気が変わっていく。 「……あの、少尉……なんか、すごいですね。手慣れてるというか……」 「ふふっ、土は裏切りませんから。手をかければ応えてくれます。兵士と一緒ですね」 「……かっこいい……かも」 その日の作業が終わる頃には、ブロント少尉の額にはきらりと光る汗。 軍服ではないが、確かにそこに“屯田兵”の精神は宿っていた。 「よし……これが本当の“屯田的ガーデニング”。今度、焼き芋にして配りますね」 さわやかに汗をぬぐう少尉の姿に、周囲から拍手が起こる。 「……やっぱ、あの人、変だけどすごいな」 「ていうか、焼き芋楽しみ……!」 こうして、ブロント少尉の“屯田的”日々が幕を開けたのであった。