咲け、鉄兜の花市場

帝国自衛軍士官学校――文化教養課程・華道演習。 本日の課題は「自由なテーマで生ける」。参加者たちは市街の花市場で思い思いの花を選び、それぞれの作品を完成させていた。 「すごい……！　お花がっ、お花がたくさん咲いている！　この中に、歴史を変える花材がある予感がします！」 金髪のポニーテールを揺らしながら、和装姿のブロント少尉が市場を駆け巡る。桜色の地に派手な牡丹柄の和服が彼女の気分の高揚を物語っていた。 「ねえ店主さん！　この黒いチューリップください！　これは……夜闇を切り裂く真なる断罪の剣の象徴です！」 （……チューリップ（黒）……花言葉は『私を忘れて』『不滅の愛』……意味深ですね） 「おおっ！　この青いバラ、すごく……なんか……強い光を感じる！　きっとこれは“勇者の証”とかそんな感じに違いないです！」 （青いバラは、基本的に存在しない花ですから……花言葉は『不可能』や『奇跡』だったかと） 「うわぁっ、なんだこの妖しさッ！　これは間違いなく伝説級のボス花！」 （それは……ヒガンバナ……“死人花”とも呼ばれますけど……） その後も少尉は、選びに選んだ。選んだ花のラインナップは以下のとおり―― 青いバラ：「不可能」「奇跡」 ヒガンバナ：「再会」「死」「悲しい思い出」 赤いダリア：「栄華」「移り気」 白いカーネーション：「純粋な愛」「亡き母を偲ぶ」 アザミ：「復讐」「触れないで」 完全に花言葉の意味を無視していた。 だが不思議と、彼女が花を手に取るたび、周囲の空気がほんの少し変わった。選んだ花が、まるで引き寄せられたように、彼女の手で意味を帯びていく。 「この組み合わせこそ、世界の理に風穴を開ける象徴なのですッ！」 （少尉殿、その組み合わせは……あまりにも死と別離が多すぎでは……？） 黒髪ボブの富士見軍曹が苦笑混じりに呟き、隣で控えめに頬をひくつかせる。 が、止めることはしない。 目の前で花を両手に掲げて目を輝かせる少尉を前に、言葉を飲んだ。 富士見軍曹は淡い若草色の上品な着物に、落ち着いた立ち振る舞い。彼女は慎重に、しかし確実に「春」を象徴する穏やかな花を手に取っていた。 白百合：「純潔」「威厳」 トルコキキョウ（淡紫）：「優美」「希望」 金糸梅（きんしばい）：「悲しみを癒す」「輝き」 どの花も、明るく前向きな意味を持ち、調和と空間の“間”を重んじた配置に適していた。 ――そして演習当日。 講堂には各参加者の作品が並べられ、中でも異彩を放ったのは、やはりブロント少尉だった。 「それでは！　本作の名は――《破滅と再誕の輪舞曲（ロンド）》です！」 花器には……なんと、自衛陸軍の鉄製軍用ヘルメット。その中に無理やり活けられた花々が、蠢くように爆発的な構成で主張を放っていた。 黒いチューリップが中央に孤高に立ち、その下には赤いダリアとヒガンバナが炎のように蠢き、アザミの棘が全方向に向けて警告を放つ。青いバラと白いカーネーションが真逆の意味を放ちながら左右に倒れかけており、まるで「死後の再生」を叫ぶオブジェのようであった。 「これぞ、わたしの中に眠る第三の眼から見た未来です！ 覚醒と再構築！ 死を超えて、真なる愛は咲き誇るのです！」 「（もはや前衛芸術……というより供花にしか見えませんが……）」 軍曹は心中で呟きつつ、冷や汗を流した。 続いて富士見軍曹の作品が公開された。 黒陶の深く控えめな花器に、一輪の白百合がまっすぐに立ち、横に淡い紫のトルコキキョウが寄り添う。下部には金糸梅の可憐な黄金が余白を優しく彩り、全体としては「静謐な再生と希望の春」を描いていた。 「……美しい」 講師の一人がぽつりと漏らしたその言葉を皮切りに、会場には静かな感嘆と拍手が広がった。 「とても繊細で整っている。花言葉と構成、空間の使い方も見事です」 「ありがとうございます。静かに咲くものの美しさを、表現いたしました」 富士見軍曹は小さく一礼し、すぐ横でドヤ顔をしているブロント少尉に目をやる。 「……少尉殿の作品も、ある意味、非常に力強かったです」 「ふふふ……我が爆発する情熱に恐れを抱いた者が賞をためらうのは、当然といえよう！ だが評価などは無粋、これは……魂の開花なのです！」 「（うーん、ヘルメットで開花されても困りますが……）」 講師陣の間では、ブロント少尉の作品が**「新手の心理試験」「対人戦で敵の動揺を誘う戦術兵器」**とまで評され、思わぬ方向で話題をさらっていた。 静謐と爆発、陰と陽、美と狂気。 同じ教室に立ちながら、まったく別の“華”を咲かせた二人の参加者――その対照は、見る者に深い印象を残したのであった。